走って治す

運動に対しての考え方と前回書きましたが、具体的に見ていきたいと思います。

私は一流のマラソン選手になることを夢見て、兄を超える選手になる以外に自分の生きる道はないと考えていた当時、私は完璧な練習をして完璧な体調で完璧な結果を出さないといけないと自分を強く縛っていました。

初めての大会で緊張から吐きそうになった時、練習で思い通りに走れなかった時、私より遅かった選手が私をドンドンと追い越していく時、「やっぱり自分は何をやってもダメだ。」と自分を責めていました。「ダメな奴なんだから人の何倍も努力を重ねないと。休んでいると周りにもっと遅れを取る。」と自分が休むことに強い罪悪感を覚えていました。

しかし、そうではないのです。結果としてはダメだとしても、本当に何も頑張らなかったのか。どこかに評価出来る部分はあるのではないか。その視点で探すと、どんな結果でも私なりに頑張ったことがありました。周りの誰が評価しなくても、私なりの頑張りがあったことを、せめて私だけでも評価しようと思いました。

「大会で、走り出したらあまりにも体が動かず、思うようなタイムでは走れそうもなくて途中で勝負を諦めてしまった。でもせめてゴールまでは行こうと思って、その通りにゴールにたどり着いた。」そう自分に言い聞かせると、落ち込みっ放しで終わることはなくなりました。

ですから、うつの予防や治療に運動を取り入れる時には自分のやった運動について日々振り返り、出来ている点、良かった点を必ず探し出して下さい。悪かった点を見てはいけないということではありません。悪い部分ばかり最初は目につくかもしれません。悪い部分を見ることで次は改善出来るように頑張ろう、という力にもなるので、悪い部分を見ることは大切です。しかし、悪い部分ばかり見続けていると、運動することが大きなストレスとしてのしかかります。どんなに小さなことでも良いです。悪いなりに出来たことは必ず見つかります。

私は、「今日は面倒だからサボっちゃうかなと思ったけど、気を取り直して5分だけ走った。」という些細なことでも、出来たこととしてとらえるようにしています。ランニングの時には常時心拍数を測れる時計をつけているのですが、「平均心拍数を140以上に上げることが出来た。」といったことも出来たこととしてとらえています。

些細なことでも良いから出来たことを探そうと思っていると、段々と探しやすくなります。それでも頑固な私は、頭の中だけで考えてもそれを「出来たこと」と意識することが難しかったので、文字にして書いて読むことにしました。

そして、休養についてもただ何となく休むのではなく、休んだことの罪悪感を減らすために休む理由を考えました。

「体が重い。今日無理に走ると風邪を引きそうだから休む必要がある。」「明日しっかり走るために、今日は休む必要がある。」そう自分に言い聞かせて休んでいます。

そう考え続けていると、あれだけ悩まされていた吐き気から解放されてランニングを出来るようになりました。記録を狙って緊張して大会に出ても、厳しい練習をして追い込んでも、精神的に落ち込んだりすることはなくなりました。

仕事で精神的に疲れた時に着替えて走りに行くと、ストレスが軽減して眠りやすくなる。そういう効果を実感出来るようにもなりました。走りすぎて逆に眠れなくなることもあるのですが、「走りすぎて交感神経が活発に働いているから仕方ない。明日は眠れるだろう。」と考えて、眠れないことを気に病まなくなりました。

ランニングをする中で、「他人や過去の良い時の私との比較だけで現状を評価するのではなく、今の私が出来ていることを素直に評価して、少し頑張れば出来そうなことを目の前の目標にして確実に達成する。」ことを意識しやすくなりました。そうはいっても、長年染みついた考えが大きく変わることはないので、すぐに比較して落ち込んではいます。しかし、落ち込むだけで終わることはなくなりました。

「今の自分に出来ていることを見つけ出す」「次に頑張るために休養を取る」ことを意識し続けた結果、「走って治す」ことがようやくしっくり来るようになりました。

7つのタイプの「うつ」にも運動を

「うつ」の分類の中で、対処方針として運動が全部入っていることに気付かれたかと思います。ちょっと強引だったでしょうか(笑)

運動習慣がある方が認知症を発症しにくい、中強度~高強度の有酸素運動が精神疾患の予防や改善に有効という論文は沢山出ています。

私自身、うつ病から回復する途中で、薬の服用だけではどうも回復が頭打ちになっていましたが、ランニングによってより調子は良くなってさらに崩れにくくなりました。

連載の最初の方で、精神疾患の原因として「脳の神経伝達物質の不具合」「脳内のBDNFの減少」という仮説があるという話しをしました。

「うつ」でもやはり同様の状態が脳内では起きていると考えています。

運動することによって脳内のBDNFが多く作られたり、神経伝達物質の働きを調整することを考えると、うまく運動を活用することで「うつ」の予防や回復に役立てていけると思います。

私は一番身近な運動がランニングだったので、走って治すということにたどり着きました。

しかし、「うつ」予防や改善のための運動の中身は何でも良いと思っています。

心拍数をある程度上げるように意識すると良い、と言われていますが家で出来る簡単な筋トレの方が取り組みやすければ、それが一番良いと思います。

特に運動不足の時や「うつ」で気分が落ちている時に頑張って運動をやり過ぎると、余計なストレスになって調子を崩すばかりです。

既に話した通り、運動することによって脳内のBDNFが多く作られたり、神経伝達物質の働きを調整することが出来ます。その一方で、運動はストレスとなって脳の神経細胞を傷つけることもあります。ストレスになりすぎないような取り組み方が大事になります。

そのために大事なのは、運動に対しての考え方だと実感しています。

まじめストイック型の人間は運動を始めるとついつい過度に頑張り過ぎて追い込みます。ストレスが積み重なるので、サドンダウン型やステップダウン型の「うつ」にも陥りやすく、運動がうつの悪化を進めてしまいます。

私がランニングを再開したのはうつを改善したいという思いからですが、最初は不安が大きかったです。ランニングを再開して走れるようになると、大会に出なきゃいけないと思い、大会を意識すると、走ることでまた自分にプレッシャーをかけすぎて、うつ病が悪化するのではないかという不安が非常に大きかったのです。

精神疾患の治療に運動が良いとは言うものの、私自身が発症したきっかけは陸上競技を本格的に始めた後であり、また3回目、4回目もランニングをしっかりしている最中でした。

ランニングは好きですが運動全般は苦手で、学校の体育は苦痛で休みたいとばかり思っていました。

そういったこともあって、ランニングがうつ病の予防や治療に役立つという実感は持てず、大会に参加することを意識しただけで過去を思い出してしまい吐き気が出るは眠れなくなるはで、調子が悪化する引き金になるとさえ思っていました。

大会に出るとか考えずに軽い運動だけで満足すれば良いのでしょうが、私のことですから走り出して体力が付いてくるとまた記録を狙いたくなるのは明らかです。記録を狙うには無理をすることも必要になります。

その一方で記録を狙って走ることが全て悪いのであれば、そういったランナーが精神疾患を発症する割合は多くなっても良さそうですが、私の知る限りそのような様子は見受けられません。

私はどのようにランニングをしたら良いのかを考えた結果、一定の答えが出ました。私のような、うつになりやすい人間がうつの予防や治療に運動を活かすためには、運動に対しての考え方や休養の取り方を強く意識することが重要だと実感しました。

ストイックにとにかく追い込むことに慣れている私にとっては、考え方や休養について意識することは中々難しかったのですが、時間をかけて徐々に出来るようになってきました。

「うつ」のタイプ分けと対処法

前回お示しした、7つのタイプ分けとその対処方法について簡単にですが記載してみました。

①ヘビーストレス(ステップダウン)型

誰もがなり得る最も多いケースです。ストレスが徐々に積み重なって、誰が見ても耐えられそうもない重さとなって押しつぶされるケースです。

②まじめストイック型

やり出すと時間を忘れて集中し、完璧を目指すがゆえに、ふと躓いた時や大きなヤマを越えた時に燃え尽きてしまうケースです。

[対処方針]

①②の防止策は、ついついやり過ぎていないか、細やかにウォッチして声かけする役割を、上司だけでなく同僚も担うことです。もちろん自分でもやりすぎていないか注意をすることが必要ですが、なかなか自分でブレーキをかけることは難しいです。

1時間作業をしたら5分の休憩を必ず入れる、休日は30分運動の時間を作る、などストレス対策を具体的に組み込む必要があります。

③サドンダウン型

「え?あの人がうつに?」と言われるのがこのケースです。

もともとメンタルが強いと本人も周囲も自覚していて、周囲からは信頼され、その信頼に応えるよう本人は仕事を引き受けて、周りも頼みやすいので頼みすぎて、ある時急に潰れてしまう、そんなタイプです。①と似ていますが、徐々にうつになる①と比べて、予兆が見えず本人も周囲も気付きにくいので注意が必要です。

④ロンリー・トンガリー型

自我が強く、いつでも誰に対しても我が道を貫く、軋轢を恐れない強気姿勢で常にいたのに、その自我、自信がふとしたことで揺らいだ時に、一気にうつに突入してしまうケースです。

周りとのあつれきが大きく孤立してしまい、居心地の悪さや自分を分かってもらえないつらさから調子を崩します。

[対処方針]

③と④の防止策は、周囲が本人の価値観や行動パターンを認めつつ、うまく主張を他人に譲るようにさせたり、相手に合わせることができるようにその人のコミュニケーションをより柔軟なものに変えていくことが有効です。思考の柔軟さを出すには、ただ考え方を変えようと頑張るのではなく運動も取り入れるのが有効です。運動をして脳の神経のバランスを整えると、より柔軟に考えやすくなります。

⑤耐えて笑って型

相手を立てるがゆえに、全体の調和を守るために、いつも顔で笑って心で泣いて、自分を押し殺して、その先に受容限度を超えてある日ポキリと折れてしまうケースです。

[対処方針]

明るく社交的に振る舞っていてうつとは無縁なタイプのように見えますが、心の中ではストレスを溜め込んでいて、ふとした時に突然怒りっぽくなったり、愚痴を言い続けたりと豹変します。溜まったストレスをはき出す相手を持つ、相手がいない場合は運動して気持ちをリセットする時間を必ず作る、という「ストレスをはき出す場所」はしっかり確保しておきましょう。

⑥ドキドキ顔色うかがい型

不安が強くいつも緊張し、ちょっとしたことで落ち込みやすい性格で、相手の心理を必要以上に過敏に感じ取って、妄想レベルの想像をして不安に押しつぶされてしまうケースです。

[対処方針]

⑤は気配りが過ぎて知らないうちに我慢を重ねてしまっていて、⑥は小さなことが不安につながってしまっているので、リラックスできる時間を作るように、自分の存在に自信を持てるように、周囲の声かけや配慮が必要となります。自分で自信を持たせるためには一人で出来る運動を自分なりの目標を立てて継続してみると良いですね。

⑦ライトうつ型

嫌なこと、責任がかかることには過敏に反応して落ち込んで潰れやすい一方で、ストレスの少ない環境ではのびのびと元気に動ける、そんなタイプのうつです。「新型うつ」「現代型うつ」という名前で問題になったのがこのタイプですね。

一見、本当に調子が悪いのかどうか、周囲から判断するのが難しい場合もありえます。

「仕事では調子悪そうなのに遊ぶ時には元気だな。」、「休職中なのに旅行には行けるんだな。」と周囲から非難を受けやすいですね。

[対処方針]

他の6つの型と比べると、より重いうつになる前に本人が対処している、ブレーキをかけるタイミングを無意識に知っているとも言えます。その判断を理解しつつ、会社なりコミュニティなりで果たす役割を、様子を見ながら少しずつ増やして自信を与えていくことが大切です。重くなることを予防するためには運動を取り入れると良いですね。

1つのタイプだけに当てはまる方もいれば、複数のタイプを併せ持っている方もいるかと思います。私自身は、睡眠時間が平均3時間くらいで診療などをして、休診日にも非常勤で働きに出てあまり休まっていないので、①ヘビーストレス(ステップダウン)型に当てはまりますね。さらに、やり出すと時間を忘れて熱中するので②まじめストイック型にも当てはまります。また、ニコニコしてあまり自分のツラさを見せず、うつ病の症状が重い時でも「のんきそうだね。」と言われていたくらいですから、⑤耐えて笑って型にも当てはまります。人の顔色を気になって過剰に考えてしまうので⑥ドキドキ顔色うかがい型でもあります。

当てはまるものが多いほどうつに陥りやすいので、再発しないように気を付ける必要がありますね。

どれに当てはまるか、これを読んでいる皆さんもご自身の言動を振り返ってみて下さい。

「うつ」をもっと相談しやすく

前にも触れた通り、精神疾患に対しての偏見をなくし、発症しても気軽に相談出来、予防や治療について当たり前のように話題に出来る世の中を作っていけたらいいなと強く考えて、「明るい精神科」を目指しています。

私が考えるまでもなく、精神科に相談しやすくなるような世の中にしようという取り組みは行われてきました。

だいぶ前にはなりますが、「うつは心の風邪」という言葉でうつ病の啓蒙が行われたことがあります。実際のうつ病は風邪よりもはるかに治療が難しいものだ、という反発が大きく、今ではあまり聞かれなくなりました。風邪というよりも治療がなかなかうまく行かない重度の肺炎という感じでもあります。ただ、いきなり肺炎になることはなく風邪の症状が出て徐々に悪化するように、うつについてもいきなり重くなることは少なく、その手前で何かしらのサインが出ていることが多いです。

私の場合は、ほぼ毎回吐き気と食欲低下、倦怠感がまずありました。おかしいと思いつつ我慢していて、大きく調子を崩してしまいました。

うつ症状が重くなって仕事が出来なくなって、やっと本人も周りも気付いて、「どうしよう。」と慌てることが多いです。そこまで重くなってから対処をしようとしても、うまく行かないことの方が多くなります。

そうなるずっと前に、「心が風邪を引きそう。」という段階で気付き、相談出来ることで「うつ」の悪化を防ぐことが出来ます。

「うつ」を怖いもの、隠すべきものと考えて遠ざけるのではなく、誰もがなり得る身近なものと認識することで、「うつ」のサインを自覚しやすかったり周囲に気付かれやすかったり、相談しやすくなります。

そのためにはまず、「うつ」をより分かりやすく、かつ重さを感じないようにとらえ直すことが必要だと思い、7つのタイプに分類してみました。

「何だ、このネーミングは!精神疾患をバカにしているのか?」と怒る方もおられると思います。批判は覚悟しつつも、少しでも日常会話の中で口にしやすい言葉を考えてみました。

【7つのタイプ】

①ヘビーストレス(ステップダウン)型

誰もがなり得る最も多いケースです。ストレスが徐々に積み重なって、誰が見ても耐えられそうもない重さとなって押しつぶされるケースです。

②まじめストイック型

やり出すと時間を忘れて集中し、完璧を目指すがゆえに、ふと躓いた時や大きなヤマを越えた時に燃え尽きてしまうケースです。

③サドン・ダウン型

「え?あの人がうつに?」と言われるのがこのケースです。

もともとメンタルが強いと本人も周囲も自覚していて、周囲からは信頼され、その信頼に応えるよう本人は仕事を引き受けて、周りも頼みやすいので頼みすぎて、ある時急に潰れてしまう、そんなタイプです。①と似ていますが、徐々にうつになる①と比べて、予兆が見えず本人も周囲も気付きにくいので注意が必要です。

④ロンリー・トンガリー型

自我が強く、いつでも誰に対しても我が道を貫く、軋轢を恐れない強気姿勢で常にいたのに、その自我、自信がふとしたことで揺らいだ時に、一気にうつに突入してしまうケースです。

周りとのあつれきが大きく孤立してしまい、居心地の悪さや自分を分かってもらえないつらさから調子を崩します。

⑤耐えて笑って型

相手を立てるがゆえに、全体の調和を守るために、いつも顔で笑って心で泣いて、自分を押し殺して、その先に受容限度を超えてある日ポキリと折れてしまうケースです。

⑥ドキドキ顔色うかがい型

不安が強くいつも緊張し、ちょっとしたことで落ち込みやすい性格で、相手の心理を必要以上に過敏に感じ取って、妄想レベルの想像をして不安に押しつぶされてしまうケースです。

⑦ライトうつ型

嫌なこと、責任がかかることには過敏に反応して落ち込んで潰れやすい一方で、ストレスの少ない環境ではのびのびと元気に動ける、そんなタイプのうつです。「新型うつ」「現代型うつ」という名前で問題になったのがこのタイプですね。

一見、本当に調子が悪いのかどうか、周囲から判断するのが難しい場合もありえます。

「仕事では調子悪そうなのに遊ぶ時には元気だな。」、「休職中なのに旅行には行けるんだな。」と周囲から非難を受けやすいですね。

複数のタイプを併せ持った「うつ」も存在します。

診断や治療には産業医や精神科医の診察が必要ではありますが、タイプ分けを理解しておくことで、周囲や本人がうつを身近に感じて受け止めやすくなります。また、周囲としても統一した見解や対応方法を共有しやすくなります。

この対処をどのようにするかは次回に説明しますね。

私がこれから進む道

たまたま近隣の市で勤務をしていた関係で、それまで縁もゆかりもなかった埼玉県北本市にて2011年4月に北本心ノ診療所を開業して、今年で10年目になります。

開業の柱として私は、「地域精神科医療の窓口になること」「スポーツ選手の診療に力を入れること」の2つを掲げました。

現在は1日60人くらいの患者さんを毎日診察し、休診日には市内や近隣にも出向いて相談業務などを行い、この地域の精神科医療の窓口としてだいぶ認知されつつあるのではないかと感じています。

その一方で、診察室内で出来ることには限りがあるなとも強く感じています。

どれだけ丁寧に診察しても、当たり前ですが1日の大半の時間を診察室外で過ごします。来院する患者さんの診察をすることはもちろん大切ですが、精神疾患の予防、治療のためには診察室にこもっていては限界があるとも強く感じています。外に出てより多くの人の日常に触れていくことを心がけていきたいと思います。

また、診療所を開院する際に「スポーツ精神外来」を掲げてスポーツ選手のメンタルケアにも取り組んでいます。診療形態については試行錯誤を繰り返しましたが、通常の診療と別枠でメールにて連絡を頂いて予約するというスタイルにしています。開業してから130人以上のスポーツ選手(ジュニアから社会人、実業団、プロまで幅広く)の診療を行ってきました。

現在はスポーツ選手のメンタルケアにも注目が集まり、大分理解がされるようになったと感じる一方で、私が中学1年生の時に言われたような、「それくらい乗り越えないと。」という言葉で片付けられることもいまだに多いようです。「競技を辞めればいい。」と簡単に言われてしまうことも多いようです。つらい気持ちを改善したくて受診をしたのにそう言われてしまうと、絶望的な気持ちになりますよね。

せっかく才能があるにも関わらず精神的な不調で競技を断念する選手が多いこと、スポーツに対して否定的なイメージを強く持って辞めてしまう選手が多いことは非常にもったいないと思います。せっかく選んだスポーツですから、少しでも長く続けて欲しい、そのスポーツを好きなままでいて人生に活かして欲しい、というのが私の願いです。

スポーツ精神外来を受診する選手は皆、素晴らしい才能を持ち結果も出しているのに、それを自信に変えることが出来ず悩み、精神的な不調に陥っています。診察で話しをしていく中で、不調の今でも出来ることを探していくこと、出来ることを積み重ねていく作業を一緒にしています。

多くの選手は運動しか出来ない自分を卑下しますが、何気なくやっていること自体が実はすごいのです。

診療所で患者さんと一緒に運動をしている「院内フィットネス講座」を開催しているのですが、そこに現役スポーツ選手や元スポーツ選手を講師としてお呼びすることがあります。選手にとっては普段の練習でやっている何気ない動きであっても、私や患者さんから見ると「え?こんなにもすごいことが出来るの?!」と毎度驚いています。選手達と接して、患者さんは普段の診察では見せないような生き生きとした表情をして、院内では普段見られないような良い動きをしています。スポーツが精神疾患の治療に役立っていると実感しています。

スポーツを長く続けていると、引退した時に「社会に通用しない人間」というレッテルを貼られることがあります。

スポーツの世界で生きてきたのですから、生活スタイルや考え方の違いはあっても仕方ありませんが、スポーツに専念してきた時間は決して無駄なことではありません。競技としてやってきた動きは運動療法として精神疾患の治療や予防に活かすことが確実に出来ます。また、プレッシャーのかかる中で結果を出すための取り組みは、多くの人の参考になります。

それだけ素晴らしいことをやっているのだと自覚して、競技に取り組んで良いと考えています。

スポーツ選手のメンタルケアをしつつ、スポーツを精神疾患の予防や治療に活かすこと。私自身がスポーツをきっかけとしてうつ病を発症し、繰り返して回復する過程でたどり着いた私の役割です。

多くの方と一緒に運動を楽しみながら、皆が精神疾患を予防し、発症しても治療が可能な世の中を作っていけたらいいなと思います。

薬を正しく理解する

精神科医として17年勤務しておいて、今更「薬を正しく理解する。」というのはおかしな話しではありますが。

私は中学時代に市販の風邪薬を一気に飲んでしまったり、大学に入ってからは通院しましたが、吐き気や倦怠感の副作用が強すぎて、医師には言わず自己判断で中止しました。そして時々思いだしたように飲んでみては強い副作用でまた飲むのを中止して、ということを繰り返していました。

医師になってからようやく、薬の副作用や効果について知識として深く理解しました。私がうつ病になった時にも、今度こそ医師の処方通りに服用し、副作用についても伝えました。

しかし、知識として理解しているのと実体験では印象が全く違います。

「抗うつ薬は効果が出るまでに時間がかかる。効果が出るまでは頻回に処方を変更するのではなく、一定期間待つ必要がある。」と分かっていても、病状があまりにもツラくとてもではないけど待てませんでした。待てずに医師にお願いをして、何度か変えてもらいました。変えた結果、一時的に症状が落ち着くことはあってもまた悪化することを繰り返していました。悪化するとまた耐えられずに変更して・・・を繰り返してしまいました。

結局一番効果があったのは、最初に服用していた抗うつ薬でした。仮に抗うつ薬を最初のまま変えずに服用していたら、もっと改善が早かったのかもしれません。変えていなくても効くまでに同じくらい長い時間がかかった可能性もあるので何とも言い様はありませんが。

効果が出るまで待たなければいけないことのツラさと共に、効果が出るまでに待つことの大切さも実感しました。診療で患者さんに説明する際には、私の体験したことを強く意識しながら、実感を込めて伝えるようになりました。

また、薬の副作用が人によっては強く出ることは知識として、あるいは診療の中で知っているつもりでしたが、死にたい気持ちがより強まるような重い副作用を経験して、改めて薬の怖さを思い知りました。

私はある薬を服用して、体がムズムズしてじっとしていられない症状が出て耐えられなくなり、窓からすぐにでも飛び降りたいような気持ちになりました。飛び降りそうになりましたが、実行しようとしたその時に他の人に声をかけられたりして思いとどまりました。

その薬は決して特殊なものではなく、大きな副作用なく服用しているものでした。精神科だけではなく、内科でも割と出されるようなありふれたものです。依存性の高いものでもありません。また、服用量も決して多いわけではなく、むしろ今後もっと増やした方が効きやすいのではと思うような量でした。最初は副作用だと気付かず、うつ病の症状が悪化して死にたい気持ちが強まったのかと思いました。しかし、もしかしてと思ってその薬を中止したら、死にたい気持ちはありますがじっとしていられない、窓からすぐにでも飛び降りたい切迫感は減りました。

副作用を気にしすぎて少ない量をダラダラ服用し続けるのも実際には良くないのですが、副作用の訴えには敏感であり続けようと考えています。

精神科で扱う薬に関しては否定的な意見も多くあります。話しを聞かない医者が薬漬けにして楽をするためのもの、危険なもので飲んだら余計に悪くなる、などと言われています。

薬の処方の仕方について、私たち精神科医はまだまだ気を付けていかないといけません。必要以上に多くの薬を、「患者さんが希望するから」と言い訳して処方していないか。増やすことは積極的でも、減らせる薬があるかどうかについては充分考えていないのではないか。反省して改善する点はあります。

ただ、薬は危険だからどんな症状でも一切飲むべきではないという極端な考えには私は医師としてだけではなく一人の患者としても賛同出来ません。

合う薬があったからこそ、私のうつ病は改善し、死にたい気持ちに完全には流されずに、こうして生きていられると実感しています。今も薬は服用していますが、完全になくすと何かの拍子にまたうつ病が悪化して、今度は死にたい気持ちに抗えないかもしれません。そうならないために、いつまでなのか分かりませんが薬の服用を続けます。

ただ、副作用から命を落とす可能性も実感したので、病状が崩れない範囲で少しでも減らせる薬があれば減らしたいと考えています。

また、薬を飲んでいるから後は何も気にしなくても大丈夫、とも思いません。薬を飲むだけでは私のうつ病はコントロール出来ないと感じていました。薬を使いつつも、何かプラスαのことをしていかないとまた再発するだろうと考え、そのプラスαとして私に合うとたどり着いたのが、うつ病になるきっかけでもあったランニングでした。

回復してようやく始められた振り返り

2014年以降は精神的に随分安定しましたが、自分のこれまでを振り返ることが出来るようになったのは2016年頃からでした。

それまでは、自分の苦しい体験を思い出そうとするととてもツラく感じたり、「また悪くなったらどうしよう。」と不安が強くなるので思い出せませんでした。

私のうつ病の治療に関わった方には少し話しをしましたが、詳しく話すことはなく、大半の方には私がうつ病だということは気付かれていませんでした。

2017年頃からは私の病状を詳しく振り返ることが出来るようになりました。発症したのが中学1年生の時ですから1991年です。26年の時間がかかって、ようやく受け入れたのです。

4回うつ病を繰り返している中で死にたい気持ちが強まり、一歩間違えたら死んでいる、そんな状態に何度もなりました。家族がいるのに死んだら残された家族がショックを受ける、命を大事にしないといけない、そんなことは分かっていても、それよりはるかに大きな力によって死に引き寄せられました。

もし5回目のうつ病が起きたら、今度こそは死にたい気持ちに逆らえず自殺を成功させてしまうかもしれない、そう感じました。

再発させないためには、うつ病になりやすい要因を少しでも減らして行く必要があります。

ここまで私が自分の生い立ちや病歴を長々と振り返ってきたのは、決して「私はこんなに大変な経験をしました。かわいそうな人です。」と言いたいからではありません。

私が自分の経験を振り返り、また精神科医としての診療経験から得てきたことを多くの方に伝えたい、その長い前置きとして、振り返りました。

私は子供の頃から自分に自信がなく、ことあるごとに自分のことを否定しました。高校時代に模擬試験で全国1位を取った時ですら、自分を高く評価することが出来ませんでした。おそらく、仮に何かで世界1位になったとしても、当時の私は「まぐれだ。すぐに転げ落ちて、周りから馬鹿にされる。」などと考えて自信に出来なかったと思います。それくらい、何をやってもダメなヤツだと自分を卑下していました。

今でもその考えが根本から変わることはありません。何かあると「やっぱり自分は何をやってもダメだな。」とすぐ考えて自分を責めます。長年染みついた考え方は簡単に変わるものではないですから。

しかし、この考えが絶対的に悪いものだと否定する気持ちはありません。ダメだと思うからこそ、もっと頑張らなきゃと思う力にもなってきました。受験勉強の世界だけではありますが、全国1位になったこと、東京大学理科3類に現役合格したことは、自分をダメなヤツと否定する自信のなさが生んだものと考えています。

また、視野が狭くなり何かに過集中といえるほどのめりこむのも私の特徴の一つです。子供の頃は陸上競技で生きることだけを考えてそれを生きる支えにして、中学受験、大学受験でも勉強だけに集中して自分の思う結果を出しました。医師になってからも過集中となって人並み以上に頑張れました。これも生まれつき持っているもので、治せるものではないと思います。

自分に自信がなく自分を否定すること、視野が狭く過集中になることが私の頑張りの源である一方で、うつ病になった原因の一つと言えます。ですから、「治せないものは仕方ない!」と開き直るのではなく何か変える必要はあります。といっても、自信を持てとか集中しすぎるなとかいきなり言われても変えられるものではありません。気の持ちようだけで変われるくらいの簡単なものならば、そもそもうつにはならないでしょう。

これは多くの方が既に試みていることかもしれませんが、私が日々意識したことは、「今のダメな自分でも出来ていること、頑張ったら出来そうなことは何か。」と自分に問いかけて具体的に見つけ出すことでした。

最初は「頑張っていることなんて何もないよ!」「こんなの出来たって、出来たうちに入らないよ!」とくじけそうになっていました。

そこで私が完全にくじけなかったのは、既に紹介しましたが、以前にかけられた友人の言葉があったからです。

「5分しか走れなかった。」とうつ病を経験して走れなくなったダメな自分の状態を友人に伝えたところ、その友人は「5分も走れたの?前は外に出てすぐ引き替えしていたじゃん。段々走れているね。」と言ってくれました。

半年前はもっと走れていたのに、こんなにも走れなくなるのか、と落胆している私の心にはずっと残りました。その時の友人と同じように、「何も出来ない私しか知らないもう一人の『私』だったらどんな言葉をかけてくれるかな?」そう想像して、どんな些細なことでも良いから、今の時点で出来ていることを探して書き出し、もうちょっと頑張れば出来そうなことも書き出しました。

極力目線を低くして出来ていることを見つけ出し、頑張れば出来そうな低いハードルを設定しました。低いハードルを設定して、それをクリア出来たら「出来て当たり前」ではなくて「ちゃんと超えられた」ことを意識するようにしました。

もちろん、周囲の出来ている人のことは嫌でも目に入ります。「それだけしか出来ないの?」という声も耳に入ります。そんな時には比べて落ち込んでしまいます。これまでは落ち込んだらずっと落ち込みっぱなしでした。

しかし、最近では落ち込んだままではなく、「それでも、私には出来ていることがある。まだこれから出来ることもある。」で終われるようになってきました。

また、過集中になって簡単に限界を超えてしまうことに対しては、「頑張り過ぎないようにしよう」と加減するのは難しいと感じたので、「過集中となって頑張ってしまうのは仕方ない。その代わり、無理矢理休養をして回復させる期間を作ろう。」と意識するようにしました。

休養することにはものすごい罪悪感があります。「サボってしまった。もっと頑張れたはずなのに。」とマイナスに捉えがちです。しかし、休養をおろそかにして無理を重ねた結果力尽きてしまったりうつ病になるのですから、「休養はその後にまた頑張るために必要なもの。」と強く意識するようにしました。休養をした後にどう頑張るかを具体的にイメージして、少しでも休養中の罪悪感を減らそうとしています。

「明るい精神科」とは

「精神科」と聞いて皆さんはどのようなイメージを持つでしょうか?

以前と比べて偏見は減りつつあるとは思うのですが、それでもまだ「重い」「暗い」「怖い」得体の知れない場所だと感じる方が多いように思います。

また、精神科医以外の医師の中には、今でも精神疾患に対してマイナスなイメージを強く持っている方がいます。精神疾患を持つ患者さんが内科などで体の症状を相談しても、精神疾患を持っていると分かった途端に内科医の態度が変わって、「うちでは診られないよ。」と冷たく言われて、体の病気の治療開始が大きく遅れたという話しを患者さんから実際に聞きます。

私だって、精神疾患への偏見がないとは言えません。

私は12歳でうつ病を発症して4回繰り返しましたが、それを公表出来たのは回復して安定した38歳頃になってからでした。

私が精神科に通って薬を飲んでいることを知ると、「危ないヤツ」「頭がおかしいヤツ」と言って周りの人たちは距離を置くのではないか、と恐れて自分の病気のことは長い間隠していました。

精神疾患を持っていることは恥ずかしいことではない、と患者さんにはエラそうに言いながら、自分が恥ずかしくて言えなかったのです。

公表をしている今でも、「あいつ、うつ病だって。弱いヤツだぞ。気持ち悪いな。」などと周囲から見られているのではないかと気になります。

でも、気にしてばかりでは何も変わりません。

精神的な不調を感じても誰にも相談出来ず抱え込み、どうにもならないくらい重くなってからやっと病院に行く、という状況はそろそろ終わりにしないといけません。重くなってからでは、治療をしても治りが悪くなってしまいます。

手遅れになる前に、精神的な不調が起こる前に予防が出来て、精神的な不調が起こりそうな時に早い段階で周りに相談が出来て、治療を受けられるのが当たり前の世の中を作りたいと考えています。

そのために私は、「明るい精神科」というものを広めていきたいと思っています。

「明るい」という言葉は、精神的にツラい方からすると「ふざけている。」「ツラい気持ちを軽く見ている。」と不快にと感じられるかもしれません。

しかし、決して病気を軽いものと考えたり、ふざけているのではありません。

私は「明るい」という言葉に、「楽しい」「陽気な」という意味よりも「道が照らされてよく見えている」という意味を込めています。

私は仕事が終わった後の夜遅くにランニングをするのですが、街灯のない暗い道を通るので足元が見えず、足を取られて転ばないか、捻挫しないかなど不安を感じながら走っています。何度同じ道を走っても、やはり夜の暗く足元が見えない中を走るのは怖さがあります。

実を言うと、暗い中を走っていて排水溝に落ちたり車止めのチェーンに足を取られて転んで顔を打ったりしたことがあります。だから尚のこと恐怖なのです。

しかし、同じ道を昼間の明るい中で走ると、足元が見えて先も見通すことが出来て、安心して走ることが出来ます。

精神疾患を抱えている方、精神疾患になるかもと不安に思っている方は、「どこに相談したら良いのかな?」「本当に相談してよいのかな?」「相談した結果もっとつらい思いをするんじゃないかな?」などと暗い中で足元も前も見えず不安や恐怖を感じています。

私の話しが、足元や前を照らす明かりとなったら良いな。そんな思いを込めて「明るい精神科」を掲げていきたいと思います。

ようやく得られた安定と、残った新たな不調

ランニングに関してはその後も継続し、2013年2月にはフルマラソンで2時間49分を出しました。その後足の故障を繰り返して練習が積めなくなりましたが、2018年2月に2時間48分と少しですが記録を伸ばすことが出来ました。中学時代からあれだけ苦しんでいた、走ると吐きそうになるという恐怖心はなくなり、内臓の不調で走りながら吐くことはあっても、意に介さなくなりました。100kmのウルトラマラソンにも挑戦し、タイムは悪いものの完走しています。2018年以降は仕事が多忙となり休日も少なくなったので、大会参加を少なくしていますが、練習量を減らしつつもランニングは続けています。また時間が出来たら、記録更新のために練習をしっかりして大会に参加したいと考えています。

2013年頃までは異様な倦怠感、不安感、意欲低下が強くなることもありましたが、死にたいというような大きな症状が出ることはなく、病状は落ち着いています。

うつ病が回復していない時には、眠れないことに対して非常に神経過敏でした。1日でも眠りが浅い、寝付けない日があると、「また悪くなるのではないか。」と不安が強くなっていました。現在も服薬は継続していて、疲れやすさは感じていますが、眠れなくても「今日だけだろう。」「眠れる時に眠れば良いか。」等と考えて過剰に不安に思うことはなくなりました。減薬のペースが早すぎると頭が重く、ソワソワと落ち着かない感覚も出るなど、まだまだ油断することは出来ませんが、一番多く服用していた頃と比較すると服用量は減りました。

ただ、4回目のうつ病になってから、体に大きな問題が生じました。元々お菓子類は好きで食べていましたが、服薬をして安定してくると夜遅くになってやたらとお菓子を食べたくなりました。眠れないと我慢出来ずに毎晩のようにお菓子を食べてしまい、満腹になるとやっと寝るというのが習慣付いてしまいました。夕食は普通に食べて、その後少ししてから、お腹が空いているわけではないのにお菓子を食べ出してしまいます。食べ出すと止まらなくなり、計算すると毎晩寝る直前に2000キロカロリー以上もお菓子を食べていました。

ランニングで月400~600kmも走っているからカロリー消費するだろうと甘く考えていたのですが、手足は細いのにお腹周りだけ太くなり、体重も少しずつ増えて65kgくらいになりました。お菓子をやめると少し減るのですが、我慢出来ずに食べてしまうとまた増えます。

体重が増えるだけではなく、体の大きな不調が起きるようになりました。特に2014年以降ですが、お菓子を少し食べると急に汗が出て心臓がドキドキして息苦しくなり、吐き気がして吐いてしまいます。この発作が最初は1時間以内で落ち着いていたのが、段々症状が悪化してひどい時には24時間以上も続くようになりました。発作が起きると全身の筋肉痛や倦怠感が生じて、回復に1週間程かかります。お菓子を食べ続けて血糖のコントロールがうまく出来なくなり、苦しい発作が起きていました。

お菓子を程ほどに食べるだけなら大丈夫、と思いますが、完全に依存しているようで食べ出すと歯止めが利かずエンドレスで食べ続けてしまいます。病院で相談もしたのですが、対策としては結局お菓子をやめるしかないようです。何度か失敗しましたが、2020年3月末からはどうにかお菓子を我慢しています。

「お菓子くらい良いじゃない。食べちゃえば?」と勧めてくる方もいらっしゃるのですが、食べ出すと普通の量では止められないこと、その結果として強い発作が出て苦しむことを思い出して断るようにしています。あれだけ好きだったものを食べられないのは寂しく、食べたい気持ちは今でもありますけどね・・・。

ランニングを再開

2011年4月1日、うつ状態が改善しないままですが北本心ノ診療所を開院しました。

周囲の方々は「おめでとう!」と言って下さるのですが、「この状況でいつまで続くか。明日にもダメになるかもしれない。」と不安でした。

死にたい気持ちは徐々に薄れていたので改善はしていたのでしょうが、やはり眠れなくて食事が喉を通らない状態は続いていました。

うつ病が再発する前に55kgだった体重は、3ヶ月の間に7kg増えていました。食事量はかなり減りましたが、運動を出来ていないことや薬の副作用での体重増加でした。

開業してしばらくは患者さんが少なく、何もしないでぼんやりする時間が多くありました。

1月末から仕事をしていなかったこと、そして4月以降も忙しくなかったことが結果的には良い休養となったようでした。また、薬もようやく効果を発揮し始めて、2011年6月頃からは気分も楽に食欲も安定してきました。「前みたいに、数日良くて油断して急に悪くなるのではないか。」という不安はありましたが、夏頃にはその不安も減ってきました。

そして、安定する中で何気なくランニングを再開しました。と言っても、最初からスムーズに走れたわけではありません。「走ろうと思ったけど、外は寒そうだからやめておこう。」「着替えてはみたけど、やっぱり外に出たくない。」「外に出て走ってみたけど、すぐ疲れて体が動かない。」などと、中々走り出せませんでした。

「1分しか走れなかった。」「5分しか走れなかった。」「前はもっと速く走れていた。」などと、走りに行っても落ち込むことのほうが多かったです。

なぜランニングを再開したのかはっきり思い出せませんが、「体重も増えたし、体を動かした方が良いかな。」という程度かもしれません。

前はもっと走れていたのに、半年くらいでこんなにも走れなくなるのか、と落胆していましたが、私の友人からの言葉で心に響いたことがありました。

「5分しか走れなかった。」と暗い気持ちで伝えたところ、その友人は「5分も走れたの?前は外に出てすぐ引き替えしていたじゃん。段々走れているね。」と返しました。

言われて、「確かにそうだ。」と妙に納得しました。フルマラソンを走っている自分からしたら5分なんて走ったうちに入らないのかもしれないけど、着替えることも出来なかった自分からしたら5分でも大きな変化です。

それからは、前にどれだけ走れたかは一切考えないようにしました。まず1分、それが出来たらもう1分、と目標を出来るだけ低くして、出来る範囲内で走ることだけを考えました。

抗うつ薬と睡眠薬の服用はずっと続いていましたが、少しでも効かないと私が待てずにコロコロ変えていました。しかし、結局一番効果があったのは、2011年1月に服用を開始した薬でした。色々と変えてみた結果、前に飲んでいたのを飲み続けるのが実は一番良かった。

精神疾患の薬物治療では良くある話しです。効果が出るまではじっくり待つということを頭では分かっていても、実際に体験すると想像を絶する苦しさでした。

私は幸い改善しましたが、薬が合わず年単位で待たないといけない方も多いのです。この苦しさを理解することなく、待つ必要があると無責任に説明していた自分を反省しました。

「自分だって苦しすぎて待てなかったのに、簡単に待てと言えるものではない。ただ、待てなかった結果回復が遅れた経験もしたからこそ、待つことの大切さは実感を込めて伝えないといけない。」そう理解しました。

とはいっても、順調に回復したわけではありません。2012年1月頃までは眠れなくなったり、だるさや不安、焦りが強くなったりと不安定でした。患者さんが徐々に増えていましたが、「やっぱり仕事を続けるのは無理かも。」「生き続ける自信がない。」そう思うことも度々ありました。

そんな中ですが、2011年11月になって一つの目標を私は立てました。

2011年2月に目標にしていたけど出られなかった、「別府大分毎日マラソン」に2012年2月に参加することでした。この大会は誰でも出られるのではないのですが、2年以内に3時間を切ってフルマラソンを完走している人は申し込むと無条件に参加出来ました。

うつ病が再発する前に出した2時間57分のタイムが、2012年2月の大会の参加資格を満たしていることに気付いたのです。

大会に参加するなどと到底考えられないような練習量でしたが、私は参加を決めて申し込みました。完走しようとか、タイムを出したいとかは考えられませんでした。ただ、「子供の頃からすごい選手が出ているのをテレビで観ていた大会に私も参加出来るチャンスはこれが最後なので、記念に参加したい。スタートさえ出来たら、後はどうなっても良い。」そんな気持ちでした。

2012年1月には3kmの大会に参加しました。2010年夏頃よりも1分30秒以上遅いタイムでしたが、とにかく大会に復帰出来たことが嬉しくてタイムの悪さは気にしませんでした。

そして迎えた2月の別府大分毎日マラソン。最後尾をのんびり走る予定でしたが、「練習不足でどうせ途中で潰れるのだから、2時間55分くらいのペースで走ってみよう。」と直前に心変わりしました。

20km過ぎから苦しくなって、30km以降は体の自由が利かず歩きたくなりましたが、それでも大会に参加している喜びが勝りました。テレビに映るような位置ではないのですが、テレビで観ていた大会を自分が走っている。そんな高揚感がありました。また、最後は体が動かず苦しくなりましたが、それでも「頑張れば3時間を切れる。」という思いが体を動かしてくれました。2時間59分と、ギリギリですが3時間を切り、当時の練習内容からすると充分すぎる結果でした。

この結果により、最初で最後の別府大分毎日マラソンのはずが、翌年以降も連続して参加することになるのですが。