走って治す

運動に対しての考え方と前回書きましたが、具体的に見ていきたいと思います。

私は一流のマラソン選手になることを夢見て、兄を超える選手になる以外に自分の生きる道はないと考えていた当時、私は完璧な練習をして完璧な体調で完璧な結果を出さないといけないと自分を強く縛っていました。

初めての大会で緊張から吐きそうになった時、練習で思い通りに走れなかった時、私より遅かった選手が私をドンドンと追い越していく時、「やっぱり自分は何をやってもダメだ。」と自分を責めていました。「ダメな奴なんだから人の何倍も努力を重ねないと。休んでいると周りにもっと遅れを取る。」と自分が休むことに強い罪悪感を覚えていました。

しかし、そうではないのです。結果としてはダメだとしても、本当に何も頑張らなかったのか。どこかに評価出来る部分はあるのではないか。その視点で探すと、どんな結果でも私なりに頑張ったことがありました。周りの誰が評価しなくても、私なりの頑張りがあったことを、せめて私だけでも評価しようと思いました。

「大会で、走り出したらあまりにも体が動かず、思うようなタイムでは走れそうもなくて途中で勝負を諦めてしまった。でもせめてゴールまでは行こうと思って、その通りにゴールにたどり着いた。」そう自分に言い聞かせると、落ち込みっ放しで終わることはなくなりました。

ですから、うつの予防や治療に運動を取り入れる時には自分のやった運動について日々振り返り、出来ている点、良かった点を必ず探し出して下さい。悪かった点を見てはいけないということではありません。悪い部分ばかり最初は目につくかもしれません。悪い部分を見ることで次は改善出来るように頑張ろう、という力にもなるので、悪い部分を見ることは大切です。しかし、悪い部分ばかり見続けていると、運動することが大きなストレスとしてのしかかります。どんなに小さなことでも良いです。悪いなりに出来たことは必ず見つかります。

私は、「今日は面倒だからサボっちゃうかなと思ったけど、気を取り直して5分だけ走った。」という些細なことでも、出来たこととしてとらえるようにしています。ランニングの時には常時心拍数を測れる時計をつけているのですが、「平均心拍数を140以上に上げることが出来た。」といったことも出来たこととしてとらえています。

些細なことでも良いから出来たことを探そうと思っていると、段々と探しやすくなります。それでも頑固な私は、頭の中だけで考えてもそれを「出来たこと」と意識することが難しかったので、文字にして書いて読むことにしました。

そして、休養についてもただ何となく休むのではなく、休んだことの罪悪感を減らすために休む理由を考えました。

「体が重い。今日無理に走ると風邪を引きそうだから休む必要がある。」「明日しっかり走るために、今日は休む必要がある。」そう自分に言い聞かせて休んでいます。

そう考え続けていると、あれだけ悩まされていた吐き気から解放されてランニングを出来るようになりました。記録を狙って緊張して大会に出ても、厳しい練習をして追い込んでも、精神的に落ち込んだりすることはなくなりました。

仕事で精神的に疲れた時に着替えて走りに行くと、ストレスが軽減して眠りやすくなる。そういう効果を実感出来るようにもなりました。走りすぎて逆に眠れなくなることもあるのですが、「走りすぎて交感神経が活発に働いているから仕方ない。明日は眠れるだろう。」と考えて、眠れないことを気に病まなくなりました。

ランニングをする中で、「他人や過去の良い時の私との比較だけで現状を評価するのではなく、今の私が出来ていることを素直に評価して、少し頑張れば出来そうなことを目の前の目標にして確実に達成する。」ことを意識しやすくなりました。そうはいっても、長年染みついた考えが大きく変わることはないので、すぐに比較して落ち込んではいます。しかし、落ち込むだけで終わることはなくなりました。

「今の自分に出来ていることを見つけ出す」「次に頑張るために休養を取る」ことを意識し続けた結果、「走って治す」ことがようやくしっくり来るようになりました。

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