回復してようやく始められた振り返り

2014年以降は精神的に随分安定しましたが、自分のこれまでを振り返ることが出来るようになったのは2016年頃からでした。

それまでは、自分の苦しい体験を思い出そうとするととてもツラく感じたり、「また悪くなったらどうしよう。」と不安が強くなるので思い出せませんでした。

私のうつ病の治療に関わった方には少し話しをしましたが、詳しく話すことはなく、大半の方には私がうつ病だということは気付かれていませんでした。

2017年頃からは私の病状を詳しく振り返ることが出来るようになりました。発症したのが中学1年生の時ですから1991年です。26年の時間がかかって、ようやく受け入れたのです。

4回うつ病を繰り返している中で死にたい気持ちが強まり、一歩間違えたら死んでいる、そんな状態に何度もなりました。家族がいるのに死んだら残された家族がショックを受ける、命を大事にしないといけない、そんなことは分かっていても、それよりはるかに大きな力によって死に引き寄せられました。

もし5回目のうつ病が起きたら、今度こそは死にたい気持ちに逆らえず自殺を成功させてしまうかもしれない、そう感じました。

再発させないためには、うつ病になりやすい要因を少しでも減らして行く必要があります。

ここまで私が自分の生い立ちや病歴を長々と振り返ってきたのは、決して「私はこんなに大変な経験をしました。かわいそうな人です。」と言いたいからではありません。

私が自分の経験を振り返り、また精神科医としての診療経験から得てきたことを多くの方に伝えたい、その長い前置きとして、振り返りました。

私は子供の頃から自分に自信がなく、ことあるごとに自分のことを否定しました。高校時代に模擬試験で全国1位を取った時ですら、自分を高く評価することが出来ませんでした。おそらく、仮に何かで世界1位になったとしても、当時の私は「まぐれだ。すぐに転げ落ちて、周りから馬鹿にされる。」などと考えて自信に出来なかったと思います。それくらい、何をやってもダメなヤツだと自分を卑下していました。

今でもその考えが根本から変わることはありません。何かあると「やっぱり自分は何をやってもダメだな。」とすぐ考えて自分を責めます。長年染みついた考え方は簡単に変わるものではないですから。

しかし、この考えが絶対的に悪いものだと否定する気持ちはありません。ダメだと思うからこそ、もっと頑張らなきゃと思う力にもなってきました。受験勉強の世界だけではありますが、全国1位になったこと、東京大学理科3類に現役合格したことは、自分をダメなヤツと否定する自信のなさが生んだものと考えています。

また、視野が狭くなり何かに過集中といえるほどのめりこむのも私の特徴の一つです。子供の頃は陸上競技で生きることだけを考えてそれを生きる支えにして、中学受験、大学受験でも勉強だけに集中して自分の思う結果を出しました。医師になってからも過集中となって人並み以上に頑張れました。これも生まれつき持っているもので、治せるものではないと思います。

自分に自信がなく自分を否定すること、視野が狭く過集中になることが私の頑張りの源である一方で、うつ病になった原因の一つと言えます。ですから、「治せないものは仕方ない!」と開き直るのではなく何か変える必要はあります。といっても、自信を持てとか集中しすぎるなとかいきなり言われても変えられるものではありません。気の持ちようだけで変われるくらいの簡単なものならば、そもそもうつにはならないでしょう。

これは多くの方が既に試みていることかもしれませんが、私が日々意識したことは、「今のダメな自分でも出来ていること、頑張ったら出来そうなことは何か。」と自分に問いかけて具体的に見つけ出すことでした。

最初は「頑張っていることなんて何もないよ!」「こんなの出来たって、出来たうちに入らないよ!」とくじけそうになっていました。

そこで私が完全にくじけなかったのは、既に紹介しましたが、以前にかけられた友人の言葉があったからです。

「5分しか走れなかった。」とうつ病を経験して走れなくなったダメな自分の状態を友人に伝えたところ、その友人は「5分も走れたの?前は外に出てすぐ引き替えしていたじゃん。段々走れているね。」と言ってくれました。

半年前はもっと走れていたのに、こんなにも走れなくなるのか、と落胆している私の心にはずっと残りました。その時の友人と同じように、「何も出来ない私しか知らないもう一人の『私』だったらどんな言葉をかけてくれるかな?」そう想像して、どんな些細なことでも良いから、今の時点で出来ていることを探して書き出し、もうちょっと頑張れば出来そうなことも書き出しました。

極力目線を低くして出来ていることを見つけ出し、頑張れば出来そうな低いハードルを設定しました。低いハードルを設定して、それをクリア出来たら「出来て当たり前」ではなくて「ちゃんと超えられた」ことを意識するようにしました。

もちろん、周囲の出来ている人のことは嫌でも目に入ります。「それだけしか出来ないの?」という声も耳に入ります。そんな時には比べて落ち込んでしまいます。これまでは落ち込んだらずっと落ち込みっぱなしでした。

しかし、最近では落ち込んだままではなく、「それでも、私には出来ていることがある。まだこれから出来ることもある。」で終われるようになってきました。

また、過集中になって簡単に限界を超えてしまうことに対しては、「頑張り過ぎないようにしよう」と加減するのは難しいと感じたので、「過集中となって頑張ってしまうのは仕方ない。その代わり、無理矢理休養をして回復させる期間を作ろう。」と意識するようにしました。

休養することにはものすごい罪悪感があります。「サボってしまった。もっと頑張れたはずなのに。」とマイナスに捉えがちです。しかし、休養をおろそかにして無理を重ねた結果力尽きてしまったりうつ病になるのですから、「休養はその後にまた頑張るために必要なもの。」と強く意識するようにしました。休養をした後にどう頑張るかを具体的にイメージして、少しでも休養中の罪悪感を減らそうとしています。

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