医療の現場からレポート⑧

心の運動療法家、岡本浩之です。

精神科クリニックで診療をしていて感じたこと、思っていることを「医療の現場からレポート」と(大げさに)題してお伝えしていきます。

SNSでの誹謗中傷について

匿名のアカウントからSNSで他人を誹謗中傷する問題について、ネットやテレビなどで特にここ数日議論になっていますね。

SNS上でも対面であっても、誹謗中傷する側にはそこまでの悪意がない、そして自分の言葉が相手を傷つけることについて無頓着であることが多いです。

相手のことを許せないと思って、怒っただけ。

でも、相手だって悪い奴なのだから、何を言っても(しても)文句を言われる筋合いはない。

嫌だと思っても、いちいち気にしないでスルーすれば良いじゃないか。気にするということはやましいことがあるからだ。

誹謗中傷する側の意見として見かけたことがある言葉を一部並べてみました。

誹謗中傷するのは人としてやってはいけないことだ。厳罰化すべきだ。そういう意見がテレビでもネット上でも多い気がします。

もちろん、どんな理由があっても他人を誹謗中傷することなどやってはいけないことですし、悪質なものには罰則が設けられることにも賛成しています。

誹謗中傷は特別な人間だけがすること?

ただ、誹謗中傷することを他人事ととらえている人が多いことにも違和感があります。

他人を誹謗中傷することって本当に自分には無関係なことなのでしょうか?

ツラい時、苦しい時、当たれる相手についつい八つ当たりをしてしまったことはないですか?

相手を怒る時に、思わず強い口調で相手を否定するようなことを言ったことはありませんか?

自分としては何気なく出てしまった言葉かもしれないです。私だってツラかったのだからそれに免じて許してくれたって良いじゃない、と思うかもしれません。

それをいうなら、相手だって私のことを理解してくれなかったのだから。私にそれくらい言わせて欲しい、と思うかもしれません。

怒らせたのは相手の方でしょう?と思うかもしれません。

でも、言われた相手の心には深い傷として刻み込まれて、ずっと残ることはあります。

言ってしばらくしてから相手が傷ついたことを知り、そんなつもりはなかったのに、と後悔しても取り戻せません。

何を勝手に傷ついているの?と腹立たしくなるかもしれませんが、相手を傷つけたことは事実として残ります。

私も含めて、誰もが誹謗中傷を行う可能性はあり、それに対しての責任を問われてもおかしくない立場だと認識しないといけません。

自分だけはそんなことをしない。その思い込みがある限りは誹謗中傷が簡単に起きてしまうように感じます。

気をつけていたらキリがないけど…

実際、私にも「言いすぎた。」と後悔したことはいくつもあります。「本当にこんなことを言う必要があるのかな?」と迷い悩むことは今でも沢山あります。

診療の時もそうです。患者さんの希望に沿えない、厳しい対応をしないといけない、そのような時にもやはり迷いがあります。

私の言動によって相手は傷つき、私の言動のせいで自傷行為をしたり、命を絶つ可能性もある。それでもその言動は必要なのか?もし責任を取れと相手やその家族から訴えられた時、慌てふためいたり後悔したりしないのか?

そう自分に問いかけてから、伝えるようにしています。

それだけよく考えてから伝えても、暴言を吐かれた、傷ついたと受け取る側がとらえることは当然あります。

ですから、伝えた後にも、「本当にあの言動は必要だったと思えるのか?」「どんな結果になっても責任を取れる、その覚悟はあるのか?」と自分に問いかけています。

そんなこと気を付けていたらキリがないし何も言えなくなるよ、と窮屈に思う方もいるでしょう。

確かにキリがないし、誰も傷つけない言葉を常に使うのは不可能なことではあるのですが、難しいからこそ自分の言葉の重さは強く自覚しておこうと私は思っています。

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