「明るい精神科」とは

「精神科」と聞いて皆さんはどのようなイメージを持つでしょうか?

以前と比べて偏見は減りつつあるとは思うのですが、それでもまだ「重い」「暗い」「怖い」得体の知れない場所だと感じる方が多いように思います。

また、精神科医以外の医師の中には、今でも精神疾患に対してマイナスなイメージを強く持っている方がいます。精神疾患を持つ患者さんが内科などで体の症状を相談しても、精神疾患を持っていると分かった途端に内科医の態度が変わって、「うちでは診られないよ。」と冷たく言われて、体の病気の治療開始が大きく遅れたという話しを患者さんから実際に聞きます。

私だって、精神疾患への偏見がないとは言えません。

私は12歳でうつ病を発症して4回繰り返しましたが、それを公表出来たのは回復して安定した38歳頃になってからでした。

私が精神科に通って薬を飲んでいることを知ると、「危ないヤツ」「頭がおかしいヤツ」と言って周りの人たちは距離を置くのではないか、と恐れて自分の病気のことは長い間隠していました。

精神疾患を持っていることは恥ずかしいことではない、と患者さんにはエラそうに言いながら、自分が恥ずかしくて言えなかったのです。

公表をしている今でも、「あいつ、うつ病だって。弱いヤツだぞ。気持ち悪いな。」などと周囲から見られているのではないかと気になります。

でも、気にしてばかりでは何も変わりません。

精神的な不調を感じても誰にも相談出来ず抱え込み、どうにもならないくらい重くなってからやっと病院に行く、という状況はそろそろ終わりにしないといけません。重くなってからでは、治療をしても治りが悪くなってしまいます。

手遅れになる前に、精神的な不調が起こる前に予防が出来て、精神的な不調が起こりそうな時に早い段階で周りに相談が出来て、治療を受けられるのが当たり前の世の中を作りたいと考えています。

そのために私は、「明るい精神科」というものを広めていきたいと思っています。

「明るい」という言葉は、精神的にツラい方からすると「ふざけている。」「ツラい気持ちを軽く見ている。」と不快にと感じられるかもしれません。

しかし、決して病気を軽いものと考えたり、ふざけているのではありません。

私は「明るい」という言葉に、「楽しい」「陽気な」という意味よりも「道が照らされてよく見えている」という意味を込めています。

私は仕事が終わった後の夜遅くにランニングをするのですが、街灯のない暗い道を通るので足元が見えず、足を取られて転ばないか、捻挫しないかなど不安を感じながら走っています。何度同じ道を走っても、やはり夜の暗く足元が見えない中を走るのは怖さがあります。

実を言うと、暗い中を走っていて排水溝に落ちたり車止めのチェーンに足を取られて転んで顔を打ったりしたことがあります。だから尚のこと恐怖なのです。

しかし、同じ道を昼間の明るい中で走ると、足元が見えて先も見通すことが出来て、安心して走ることが出来ます。

精神疾患を抱えている方、精神疾患になるかもと不安に思っている方は、「どこに相談したら良いのかな?」「本当に相談してよいのかな?」「相談した結果もっとつらい思いをするんじゃないかな?」などと暗い中で足元も前も見えず不安や恐怖を感じています。

私の話しが、足元や前を照らす明かりとなったら良いな。そんな思いを込めて「明るい精神科」を掲げていきたいと思います。

ようやく得られた安定と、残った新たな不調

ランニングに関してはその後も継続し、2013年2月にはフルマラソンで2時間49分を出しました。その後足の故障を繰り返して練習が積めなくなりましたが、2018年2月に2時間48分と少しですが記録を伸ばすことが出来ました。中学時代からあれだけ苦しんでいた、走ると吐きそうになるという恐怖心はなくなり、内臓の不調で走りながら吐くことはあっても、意に介さなくなりました。100kmのウルトラマラソンにも挑戦し、タイムは悪いものの完走しています。2018年以降は仕事が多忙となり休日も少なくなったので、大会参加を少なくしていますが、練習量を減らしつつもランニングは続けています。また時間が出来たら、記録更新のために練習をしっかりして大会に参加したいと考えています。

2013年頃までは異様な倦怠感、不安感、意欲低下が強くなることもありましたが、死にたいというような大きな症状が出ることはなく、病状は落ち着いています。

うつ病が回復していない時には、眠れないことに対して非常に神経過敏でした。1日でも眠りが浅い、寝付けない日があると、「また悪くなるのではないか。」と不安が強くなっていました。現在も服薬は継続していて、疲れやすさは感じていますが、眠れなくても「今日だけだろう。」「眠れる時に眠れば良いか。」等と考えて過剰に不安に思うことはなくなりました。減薬のペースが早すぎると頭が重く、ソワソワと落ち着かない感覚も出るなど、まだまだ油断することは出来ませんが、一番多く服用していた頃と比較すると服用量は減りました。

ただ、4回目のうつ病になってから、体に大きな問題が生じました。元々お菓子類は好きで食べていましたが、服薬をして安定してくると夜遅くになってやたらとお菓子を食べたくなりました。眠れないと我慢出来ずに毎晩のようにお菓子を食べてしまい、満腹になるとやっと寝るというのが習慣付いてしまいました。夕食は普通に食べて、その後少ししてから、お腹が空いているわけではないのにお菓子を食べ出してしまいます。食べ出すと止まらなくなり、計算すると毎晩寝る直前に2000キロカロリー以上もお菓子を食べていました。

ランニングで月400~600kmも走っているからカロリー消費するだろうと甘く考えていたのですが、手足は細いのにお腹周りだけ太くなり、体重も少しずつ増えて65kgくらいになりました。お菓子をやめると少し減るのですが、我慢出来ずに食べてしまうとまた増えます。

体重が増えるだけではなく、体の大きな不調が起きるようになりました。特に2014年以降ですが、お菓子を少し食べると急に汗が出て心臓がドキドキして息苦しくなり、吐き気がして吐いてしまいます。この発作が最初は1時間以内で落ち着いていたのが、段々症状が悪化してひどい時には24時間以上も続くようになりました。発作が起きると全身の筋肉痛や倦怠感が生じて、回復に1週間程かかります。お菓子を食べ続けて血糖のコントロールがうまく出来なくなり、苦しい発作が起きていました。

お菓子を程ほどに食べるだけなら大丈夫、と思いますが、完全に依存しているようで食べ出すと歯止めが利かずエンドレスで食べ続けてしまいます。病院で相談もしたのですが、対策としては結局お菓子をやめるしかないようです。何度か失敗しましたが、2020年3月末からはどうにかお菓子を我慢しています。

「お菓子くらい良いじゃない。食べちゃえば?」と勧めてくる方もいらっしゃるのですが、食べ出すと普通の量では止められないこと、その結果として強い発作が出て苦しむことを思い出して断るようにしています。あれだけ好きだったものを食べられないのは寂しく、食べたい気持ちは今でもありますけどね・・・。

ランニングを再開

2011年4月1日、うつ状態が改善しないままですが北本心ノ診療所を開院しました。

周囲の方々は「おめでとう!」と言って下さるのですが、「この状況でいつまで続くか。明日にもダメになるかもしれない。」と不安でした。

死にたい気持ちは徐々に薄れていたので改善はしていたのでしょうが、やはり眠れなくて食事が喉を通らない状態は続いていました。

うつ病が再発する前に55kgだった体重は、3ヶ月の間に7kg増えていました。食事量はかなり減りましたが、運動を出来ていないことや薬の副作用での体重増加でした。

開業してしばらくは患者さんが少なく、何もしないでぼんやりする時間が多くありました。

1月末から仕事をしていなかったこと、そして4月以降も忙しくなかったことが結果的には良い休養となったようでした。また、薬もようやく効果を発揮し始めて、2011年6月頃からは気分も楽に食欲も安定してきました。「前みたいに、数日良くて油断して急に悪くなるのではないか。」という不安はありましたが、夏頃にはその不安も減ってきました。

そして、安定する中で何気なくランニングを再開しました。と言っても、最初からスムーズに走れたわけではありません。「走ろうと思ったけど、外は寒そうだからやめておこう。」「着替えてはみたけど、やっぱり外に出たくない。」「外に出て走ってみたけど、すぐ疲れて体が動かない。」などと、中々走り出せませんでした。

「1分しか走れなかった。」「5分しか走れなかった。」「前はもっと速く走れていた。」などと、走りに行っても落ち込むことのほうが多かったです。

なぜランニングを再開したのかはっきり思い出せませんが、「体重も増えたし、体を動かした方が良いかな。」という程度かもしれません。

前はもっと走れていたのに、半年くらいでこんなにも走れなくなるのか、と落胆していましたが、私の友人からの言葉で心に響いたことがありました。

「5分しか走れなかった。」と暗い気持ちで伝えたところ、その友人は「5分も走れたの?前は外に出てすぐ引き替えしていたじゃん。段々走れているね。」と返しました。

言われて、「確かにそうだ。」と妙に納得しました。フルマラソンを走っている自分からしたら5分なんて走ったうちに入らないのかもしれないけど、着替えることも出来なかった自分からしたら5分でも大きな変化です。

それからは、前にどれだけ走れたかは一切考えないようにしました。まず1分、それが出来たらもう1分、と目標を出来るだけ低くして、出来る範囲内で走ることだけを考えました。

抗うつ薬と睡眠薬の服用はずっと続いていましたが、少しでも効かないと私が待てずにコロコロ変えていました。しかし、結局一番効果があったのは、2011年1月に服用を開始した薬でした。色々と変えてみた結果、前に飲んでいたのを飲み続けるのが実は一番良かった。

精神疾患の薬物治療では良くある話しです。効果が出るまではじっくり待つということを頭では分かっていても、実際に体験すると想像を絶する苦しさでした。

私は幸い改善しましたが、薬が合わず年単位で待たないといけない方も多いのです。この苦しさを理解することなく、待つ必要があると無責任に説明していた自分を反省しました。

「自分だって苦しすぎて待てなかったのに、簡単に待てと言えるものではない。ただ、待てなかった結果回復が遅れた経験もしたからこそ、待つことの大切さは実感を込めて伝えないといけない。」そう理解しました。

とはいっても、順調に回復したわけではありません。2012年1月頃までは眠れなくなったり、だるさや不安、焦りが強くなったりと不安定でした。患者さんが徐々に増えていましたが、「やっぱり仕事を続けるのは無理かも。」「生き続ける自信がない。」そう思うことも度々ありました。

そんな中ですが、2011年11月になって一つの目標を私は立てました。

2011年2月に目標にしていたけど出られなかった、「別府大分毎日マラソン」に2012年2月に参加することでした。この大会は誰でも出られるのではないのですが、2年以内に3時間を切ってフルマラソンを完走している人は申し込むと無条件に参加出来ました。

うつ病が再発する前に出した2時間57分のタイムが、2012年2月の大会の参加資格を満たしていることに気付いたのです。

大会に参加するなどと到底考えられないような練習量でしたが、私は参加を決めて申し込みました。完走しようとか、タイムを出したいとかは考えられませんでした。ただ、「子供の頃からすごい選手が出ているのをテレビで観ていた大会に私も参加出来るチャンスはこれが最後なので、記念に参加したい。スタートさえ出来たら、後はどうなっても良い。」そんな気持ちでした。

2012年1月には3kmの大会に参加しました。2010年夏頃よりも1分30秒以上遅いタイムでしたが、とにかく大会に復帰出来たことが嬉しくてタイムの悪さは気にしませんでした。

そして迎えた2月の別府大分毎日マラソン。最後尾をのんびり走る予定でしたが、「練習不足でどうせ途中で潰れるのだから、2時間55分くらいのペースで走ってみよう。」と直前に心変わりしました。

20km過ぎから苦しくなって、30km以降は体の自由が利かず歩きたくなりましたが、それでも大会に参加している喜びが勝りました。テレビに映るような位置ではないのですが、テレビで観ていた大会を自分が走っている。そんな高揚感がありました。また、最後は体が動かず苦しくなりましたが、それでも「頑張れば3時間を切れる。」という思いが体を動かしてくれました。2時間59分と、ギリギリですが3時間を切り、当時の練習内容からすると充分すぎる結果でした。

この結果により、最初で最後の別府大分毎日マラソンのはずが、翌年以降も連続して参加することになるのですが。

医療の現場からレポート⑨

心の運動療法家、岡本浩之です。

精神科クリニックで診療をしていて感じたこと、思っていることを「医療の現場からレポート」と(大げさに)題してお伝えしていきます。

緊急事態宣言解除

4月に出された緊急事態宣言が5月末に解除されました。

後から振り返れば、「ああすれば良かった。」「こうすべきだった。」という批判はいくらでも出来ますが、感染拡大防止のためにそれぞれが出来ることを実行し続けたことが結果として出たことは事実だと思います。

反省をして今後の対策に活かすことは大切ですが、情報の少ない中を手探りで頑張ったことについては各々が評価されて良いと思います。

かといって、緊急事態宣言が解除されたからもう大丈夫だ!と安心して羽を伸ばせるわけではないことも事実です。実際に北九州では感染者数が拡大していますし、都内でも決して楽観視出来る状況ではありません。

引き続き感染拡大防止のために各自が注意をして過ごす必要はあります。

3月中旬以降は長距離異動による感染拡大防止のため都内の自宅に戻っていない状況が続いておりましたが、私個人の出来る対策として引き続き北本での生活を続けることとします。

解除されたけど不安はたくさん

目に見えないウイルスが相手ですから、いつ自分が感染するか、自分が感染を拡大させるかという不安は常に付きまといます。

また、営業自粛やイベント中止などにより収入がなくなる、営業を再開しても収入は激減していることによって、経済的な不安が常に付きまといます。

在宅勤務になったり、在宅と出勤を組み合わせた勤務になって、生活リズムが変わることも大きなストレスとなります。

学校が休校になったり分散登校になったり、部活や大会も中止になったり、勉強も思うように出来なかったり、目標設定が難しい状況になっています。

実業団やプロのスポーツ選手であっても、大会が中止になって、目標が見えない、自分達の将来が不透明であることの不安を強く持っている方が増えています。

我々医療従事者も、経済的な不安に直面しています。新型コロナウイルス感染拡大の影響で医療収入が大きく下がっている病院は多く、これまで通りの給与を維持出来ないところも増えています。

出口が見えない中で出来ることは?

新型コロナウイルス感染の影響は今後も我々の生活に大きく出続けるものと考えられます。

これをやったら解決出来ます!という絶対的な答えはないですから。

前向きに頑張ろうとエネルギーを解放して積極的に動いている方、その日その日をどうにか乗り切っている方、調子を崩して休養せざるを得ない方、それぞれの過ごし方があって良いと考えています。

私がしなければならないことはまず、診療を継続することです。そのためには長距離の移動を避け、診療以外での人との接触を避け、体力を維持するために運動をし、食事をしっかり摂り、睡眠も出来るだけ確保して、ウイルス感染症の発症、拡大を防ぎます。

その一方で、メンタルについて記事や動画の発信、zoomお悩み共有、相談ルームの開催などにも取り組んでいく予定です。

何事についてもモチベーションを保つのがきついな、逃げたいな、辞めたいな、と思うことが私自身も正直なところあります。

ですから、皆さんに発信してお伝えしていることは私自身に強く言い聞かせていることでもあります。