全国1位獲得の反動

過集中と言えるほど勉強に専念し、全国1位というこれ以上ない成績を取ったのですが、そのまま全てが順調に進むほど甘いものではありませんでした。

中学を卒業して陸上競技から離れることで一時的に落ち着いていたかに見えた症状がぶり返してきたのです。眠れない、食べられない、吐きそう、中学時代に苦しんだ症状が再び悪化しました。

高校2年生になったばかりの頃、食事を見ただけで吐き気がして喉を通らなくなりました。そこで無理をして食べると、途端に吐いてしまいます。でも食べないと体がもたないと分かっていたので、学校に着くとまず食事を1口、休み時間にまた1口と少しずつ時間を分けて取るようにしていました。周りから見ると、「朝っぱらから早弁をしている態度の悪い奴」でしたが、なりふり構っていられません。ただ、少しでも食べ過ぎるとたちまち吐いてしまうので、慎重に少量ずつ口に運んでいました。

やがて、強い吐き気のためにバスや電車に乗ることが苦痛になりました。中学、高校と電車通学をしていたのですが、ドアが閉まる瞬間に苦しくなり、たった数分乗っているだけなのにとてつもなく長い時間に感じました。自分の体をつねって耐えていましたが、耐えられずに途中で降りたことが数多くあります。途中で降りて電車に乗れず、そこから歩いて大幅に遅刻して登校したこともあります。

授業中も強い吐き気に襲われていました。授業が始まると自分の体をつねって吐き気を我慢していましたが、耐えられない時にはトイレに行きました。授業中に何度もトイレに行くわけにはいかないので、どのタイミングでトイレに立つかを見極めることに神経を使いました。

睡眠についても、疲れているはずなのに眠気が来ず、明け方まで起きていることが度々ありました。寝なきゃと思って焦りますが、焦れば焦るほど目は冴えます。昼間眠くはなるのですが、昼寝をしようと試みても眠れないまま夜を迎えます。夜になると日中の眠気が消えてなぜか目が冴えて、という日々の繰り返しでした。

常にお腹を下し、常に風邪を引いているというように体調の変化も起きました。

徐々に頭が働かず、集中力が低下していました。

実際に模擬試験で信じられないような初歩的なミスをしたこともありました。調子が悪いことを悟られたくないために、「真面目にやらずにちょっとふざけてみたんだ。」と周りには強がっていましたが、自分でも明らかな不調を自覚していました。

これだけ調子が悪いと感じていながら、私は誰にも相談することはありませんでした。両親に相談してもまた怒鳴られたり、逆に両親の方が倒れてしまうだろうと思っていました。

中学時代に病院を受診した時に、「それくらい自分で乗り越えないと」と言われたことが私の頭には強く残っていて、病院に行くことも考えられませんでした。

友人には恥ずかしくて相談出来ず黙っていました。何事もなく冷静で、時々悪ふざけをする。そんな姿を演じていました。そのためか、友人からは「お前はのんきでいいなあ。」と言われたこともあります。

「皆それぞれ悩みはあるんだろう。自分の悩みなんかは大したことないんだろうな。」と思い、自分のつらさはしまっていました。

しかし、一方でこのままの生活は続かない、このままでは確実に死んでしまうことは自分でも分かりました。苦しい、出来れば今すぐにでも死んでこの苦しみから逃れたい。そう考えて、中学時代と同じように市販の薬を多く飲んでみましたが、死ねませんでした。死ねなくてがっかりすると共に、確実に実行出来る方法を考えないとダメだなと理解しました。

かといって、どうしたら良いのかすぐに考えが浮かぶわけでもありません。死ぬことを望む一方で、死ぬことへの恐怖心もありました。

「大学受験が終わるまでは勉強を続けて東大理3合格を目指そう。もし落ちたら、そのまま死のう。」

それが私の答えでした。

「全国1位になっても受験で失敗した奴。陸上でダメなのに勉強でもダメな奴。そんな価値のない人間が生きていても許されるはずがない。どうせ死にそうなくらい弱っているのだから、思い切って実行しよう。」そう固く決意しました。

高校2年生の終わりに、東大を目指す友人数名と共に1泊して上京して東大を見学に行きました。2日目は各自自分の行きたいところに行ってそのまま解散だったのですが、私は合格発表が行われる東京大学本郷キャンパスの周囲を歩き、自殺実行場所と方法を決めました。頭の中で何度もシミュレーションをして、どのタイミングなら確実かを考えました。

自殺が成功したら、身近な人たちはどんな反応をするだろう。そういった人たちの顔を思い浮かべると、悲しくなって涙が出ました。

しかし、この苦しみをずっと我慢出来る自信はありませんでした。葛藤はありましたが、やはり受験で失敗した私が生きていることは許されないという結論に達しました。

「このやり方なら絶対に失敗しないで確実に死ねる。」

「合格出来たら、もう勉強はしないから今の苦しみから離れられる。不合格でも死ねば良いから、どちらにしても今の苦しみから離れられる。」

そう思うと、不思議と心が軽くなりました。

1人で自宅に帰って、遺書を書きました。両親に向けて、兄に向けて、同級生に向けて。書いていてももう涙は出ませんでした。