自己評価の低すぎた小学時代

幼稚園、小学校時代を振り返ると、とにかく人と関わることが苦手で、自分に自信がない子供でした。

3歳上に兄がいるのですが、兄は昔から背が高くて雰囲気は男らしく、社交的で勉強が出来て陸上競技でも県内の強化選手という、私からすると全てがうまくいって輝かしい人生を送っていました。私の周りでも兄のことをそう評価する人が多かったです。

一方の私は、今でこそ身長が高いといわれますが、当時は背が低く痩せていて、顔も女みたいだと馬鹿にされ、人前ではうまく話せずに泣いてしまい、運動は何をやっても不器用で、と自分は兄と対極の底辺にいると強く思い込んでいました。実際に、兄と私を比較して「お前の兄ちゃんすごいな!で、お前は何やってんの?」と言われることも度々あり、出来ない自分を責めていました。

そんな私でも勉強だけは出来る方だ、と自信を持ちかけたこともあったのですが、小学校の中では出来ても外部の模試を受けると私より遙かに勉強の出来る同学年の子が沢山いて、強い衝撃を受けると共に自信を失いました。「やっぱり何をやってもダメなんだ。」と落ち込んでいました。

両親に対しては常にビクビクしており、いつ罵倒されるか、いつ殴られるかと不安を抱えながら顔色を窺っていました。

両親からすれば、「怒鳴ったり殴ったりはしたけど、それ以上に愛情を注いでいた。」と納得出来ない気持ちでしょう。私にかけたのは否定的な言葉だけではなかったはずですが、否定的な言葉ばかりが当時の私の心には刻まれました。

私がテストで悪い成績を取った時、父親は怒鳴る、殴ることで私に反省を促しました。威圧的で強い恐怖を感じて、親の顔色を窺うようになりましたが、それと同じくらいつらかったのがその時の母親の様子でした。

私の成績を知ると母親は真っ青になり涙を流し、トイレに長時間こもって吐き続けていました。そしてそのまま寝込んでしまいました。

そんな母親の姿を見て私は、「とんでもないことをしてしまった。母親をこんな目に遭わせる自分は最低だ。罰を受けるべきだ。」と泣きながら自分を責めて殴っていました。

いつしか、「自分みたいなダメな奴は生きていても役に立たないどころか迷惑なだけ。早く死ななければいけない。」という思いが強くなっていました。

ただ、「死ぬのって怖いよな・・・。」という思いがあり実行は出来ませんでした。

私が小さな頃から自分に自信を持てないばかりか死を意識するようになった原因の一つは、周囲からのマイナス評価を全て重く受け止めていたことでした。そして、そのマイナス評価を覆すだけの自信や安心感を得る機会を作れなかったことでした。

これを、「親のせいで」「周りのせいで」と言って片付けてしまうのは簡単ですが、せっかくなのでどうすればこうならずに済んだのかを考えてみました。

親が怒鳴る、殴るというのは、「大体の家庭はそんなものだよ。」と思われた方も多いでしょうか。

当時は私の両親が常に否定的なことを言っているかのように感じていましたが、冷静に振り返ってみると、両親なりに私に愛情を注いでいたと感じる場面が多々あります。

しかし、それを子供の頃の私は感じ取ることが出来ず、否定的な言動に過敏に反応し、萎縮して自分を否定し続けました。

かといって、何をやっても否定せず受け止めるという対応が良かったとも思いません。「何をやっても許されるんだ。」と甘く考えて自分を律することが出来なくなってしまった可能性もあります。

もし「今の私」が、自信喪失し死にたい気持ちを抱えている「小学生の私」に接するとしたら。

自分に対しての否定的な思いを無理には修正しようとせず、「自分はダメだ、死ななきゃいけないと考えずにはいられないくらい、たくさん傷ついてきたんだね。苦しかったね。」と共感しながら、「小学生の私」がつらい気持ちを吐き出して落ち着くまで、時間をかけて話しを聞きます。話しを聞く中で、「小学生の私」が現状でも出来ていることはないか、出来るだけ多く探して見つけておきます。

1回で済むことではないですから、時間と回数を重ねていきます。聞く方にも相当の根気は必要ですが、これを面倒くさがってしまうと「小学生の私」は「自分の話しなんかやっぱり聞いてもらえないよね。」と心を閉ざし、自己評価は低いままです。

そうして「小学生の私」が私に少しずつ心を開いてくれたら、「でもそんなにダメだと思っている君でも、こんなに出来ていることがあるんだよ。」とゆっくりした口調で伝えます。その結果、「小学生の私」は認めてもらっているという安心感を得る機会を手にします。

さらには、「傷ついて苦しい今だけど、何だったら出来そう?例えば・・・。」と、これから出来そうなことを一緒に探して見つけていきます。

出来ることが見つかって、「小学生の私」がそれを達成出来たら、「すごい!出来ると思って、それを確実に出来たのは大したものだ。」と私は心から賞賛します。その結果、「小学生の私」は、自分でも出来ることがあるのだという自信を得る機会を手にします。

文字にすると簡単そうですが、これは私と「小学生の私」が充分に心を通い合わせていないと出来ないやり取りです。じっくりと時間をかけて話しを聞き、相手が心を開くまでじっくり根気よく待ち続ける姿勢が必要です。

自己評価が最低レベルで、死までも意識していた小学生時代の私ですが、そんな中でも唯一の希望がありました。

院内での運動講座

心の運動療法家、岡本浩之です。

当院では2018年11月から「院内フィットネス講座」と題して、毎月1回ヨガ教室を、2か月に1回ランニング教室を患者さん対象に開催しております。

ヨガ教室についてはインストラクターをお呼びして、開催しております。

私は誰にも負けないくらい身体が硬いので・・・ヨガ教室では皆さんの前でガッチガチの身体を披露しております。

私の硬さを眺めて楽しみつつ(笑)、参加者さんはご自身の調子に合わせて体を動かし、リラックスしながら適度に温まっています。

今のところ私より硬い方が参加していないので・・・・・硬さでは負けないという方は是非ご一報ください!

ランニング教室では、私が講師になることもあれば、現役アスリートもしくは元アスリートが講師になることもあります。

参加する患者さんたちの大半は普段運動習慣のない方々です。いきなり走ると体調を崩したり、精神的に辛くなってしまいます。

まずはなぜ運動がメンタルに良いのかを私が話す→室内でランニングに使う筋肉を意識した運動を行う→最後に外を軽く走ったり歩いたり。

という流れで開催しております。

参加者の皆さんはアスリートの身体能力の高さに驚きつつ、アスリートを身近に感じ、ご自身もアスリートに近づいた気持ちで良い笑顔で動いています。

普段の診察では見せないような良い表情も見ることが出来て、私も診察中とは違う笑顔になって元気を頂いております。

場所の関係で少人数での開催ですが、少人数だからこそ密に接して一体感を実感できています。

今後も定期的に開催しておりますので、気になる方はご連絡下さいね。