生き延びたけど、見失った目標

吐き気が常にあって食欲がなく、夜も眠れない。常に風邪を引いていて頻繁に熱を出し、お腹も下していて・・・と、心身共にボロボロでした。高校3年生の夏に体重計に乗ってみたら、48kg台になっていました。大学入学時の身長は177cmでしたから、相当痩せていました。高校2年生の初めには52kgくらいあったので、元々痩せていたのがさらに痩せてしまいました。

集中力、注意力は低下しており、勉強をしていても簡単な問題で間違えることが度々ありました。模試ではそうならないように注意はしていたのですが、それでもやはり不注意から大量失点してしまうことがありました。

しかし、多くの模試では全国総合上位の成績を維持していたので、私の不調には周囲の誰も気付いている様子はありませんでした。

「合格でも不合格でも、どっちにしても合格発表の日には楽になれる。」

それは私にとって大きな支えとなりました。不合格だったら自殺しようと思っているのに、死ぬことを支えに生きるというのは変な話しですが、この苦しみには終わりがあると分かっていることは励みになりました。

勉強をしたくない、そう思ったら財布に忍ばせている遺書を取り出して読みました。読んだ後は苦しみが少し減って、また机に向かう力を振り絞ることが出来ました。

年が明けて1月に受けたセンター試験当日も、熱を出してお腹を下していました。

眠れない、食べられない状態も当然続いているため、体調が悪く集中出来ないかと思いきや、「ダメでもどうせ死ねば良いんだから。」とかなり開き直って冷静になっていました。

結果は、社会だけ100点中の89点で後は満点でした。周囲は驚いていましたが、私は何も感情が湧きませんでした。嬉しいとも悲しいとも思わず、ただこの苦しみから逃げる日が待ち遠しい、それだけでした。

センター試験と2次試験の前に高校の卒業式がありましたが、私は出席しませんでした。実は中学の卒業式も出席していませんが、これは単にインフルエンザによるものでした。

高校の卒業式は、「行きたくない。」とだけ言って詳しい理由を両親にも誰にも言いませんでした。2次試験直前ということもあり勉強に専念したいからだと両親は考えていたようですが、本当の理由はそうではありませんでした。

「卒業式に行くと、死にたいという強い気持ちが揺らいでしまいそう。揺らいだら、またこの苦しい状態を生きて我慢しないといけない。合格して生きるか、不合格で死ぬか。それ以外の選択肢は作りたくない。」

これが行かなかった理由です。もちろん、本当のことを言えば周囲は止めるのは明らかです。私はただ、行きたくないとしか言えませんでした。

そうしたところ、高校の担任の先生が私の自宅まで会いに来て下さいました。「何か悩みがあるんちゃうか?」そう問いかける先生に対しても、うつむいたまま何も言えませんでした。

私1人のためにわざわざ自宅まで来させたことがただただ申し訳なく、「こんなダメな奴はもうすぐ消えます。」と心の中で繰り返して頭を下げていました。

迎えた2次試験当日。緊張するどころか、「いよいよだ。もうすぐこの苦しみから逃れられる。」という解放感すらありました。

かといって調子が良くなったわけではなく。相変わらず眠れないし、倦怠感や吐き気も強く、食事が摂れません。集中力も低下し、理科で問題の読み間違いをして大きく失点してしまいました。

しかし、とにかく試験は終わりました。

2次試験には前期試験と後期試験があり、前期試験で落ちた場合には後期試験の受験資格もありました。

私が目標としていた前期試験は80人が合格出来ます。後期試験では10人が合格出来るのですが、理科の生物が試験科目に含まれていました。私は理科で物理と化学の2科目を勉強しており、生物の勉強は全くしていませんでした。ですから、後期試験にも出願はしていたものの、受かる確率はほぼゼロでした。

前期試験で落ちたら、後期試験は受けずに自殺する。そう考えていたので、終わった後はぐったりして、もう何もしたくないとばかり考えていました。2次試験が終わってからは一切勉強をしませんでした。

一応自己採点もしましたが、理科で大きな失点をしたことは分かるものの後はどのような答案を書いたか覚えていない部分も多く、さっぱり分かりませんでした。何となく合格はしていそうな感覚もありました。しかし、考えても分からないので、「どっちでもいいや。」と深くは考えませんでした。

合格したら生きる。不合格だったら自殺する。その考えはぶれないので、後は合格発表を待つだけでした。

2次試験が終わっても変わらず眠れないし、食欲はありません。

そして迎えた合格発表当日。本郷キャンパスの掲示板で自分の受験番号と名前を確認しました。喜びや感動、涙もなく、「あ、あった。」それだけでした。

「合格したから生きなきゃ。」と、財布に忍ばせていた遺書をコンビニのゴミ箱に捨てました。「生きるって決めたんだから生きよう。でも、もう勉強はしたくない。」

医師になって自分の不調の原因を知るために、勉強を頑張り出したはずでした。しかし、いつの間にか私は大学受験が最終ゴールになっていました。そして命を削る思いをして最終ゴールに無事到達したは良いものの、そこから先の人生での目標を完全に見失っていました。

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