独自の勉強スタイルで日本一に

東大合格のために私が行った勉強は、とにかくスピードを重視することでした。どうしても分からない問題は分からないままで置いておき、とにかく先に進みました。

問題集を1冊終わると、間違えた部分だけ後からまた繰り返して解き、そこでも間違えたものはまた後で最初から順に解いていく、ということをひたすら行っていくと、最初はあまりにも難しくて手も足も出なかった問題でも徐々に出来るようになりました。果たしてこれがどの程度受験勉強につながっているのか、確信が持てずに不安はありましたがそれでもやり方を変える不安が大きく、そのままの勉強方法を貫きました。

「どのような勉強をしたら東大理3に入れますか?」という質問を今でも頂くことがあります。ものすごく効率的な方法、特殊な方法を答えると期待されているのですが、実際のところは市販の問題集をひたすら繰り返し、スピードを上げて解いていくというものでした。

私が高校に進学すると同時に、兄は九州にある医学部に現役で合格をして一人暮らしを始めていました。

子供の頃から兄に対しては妬む気持ちが強く、当時の兄弟仲は決して良くなかったのですが、私より先に医師への道を歩み出し、私より先に一人暮らしという自由を手に入れていることに益々妬みと焦りが強くなりました。

ランニングでは兄を超えられなかったので、せめて勉強だけでも。その思いが私の集中力をより高めました。

自宅では両親と3人暮らしになっていましたが、両親とはほとんど話しをせず、家に帰ると自室にこもって勉強をしていました。勉強が苦痛になることももちろんありましたが、「この家から出ていく。」と考えるだけでモチベーションが回復出来ました。

高校生なら異性の目なども意識して、服装や髪型なども変わってくるのですが、私は「見た目を気にするようでは東大合格なんて無理だ。」と強く思っていたので、「ダサい。」と言われても気にせずそのままの格好でいました。「ダサい。」と言われれば言われるほど、「ダサくならないと合格は出来ないんだ。」と頑なになっていました。

中学時代、自分が走れなくなっていても陸上競技の大会をテレビで観戦はしていました。自分が競技するという意識を捨てていちファンとしてなら観ることが出来ていたのですが、それも一切やめました。

小学生時代、「中学に入れば陸上競技で活躍して、一気に世界が変わる。」と考えていたのと同じように、高校時代にはいつしか「東大理3に入って一人暮らしをすれば、一気に世界が変わる。」と考えていました。

ランニングで挫折して後がなくなり、自分にとって余分だと思う全てを排除して、東大理3現役合格だけを目標にしたところ、驚くような結果が出ました。

高校3年間で多くの模試を受けましたが、なんと総合1位を3回も取り、総合1桁順位も多く取りました。

中学時代に心の支えとしていた通信教育で勉強をする習慣がついていたことで勉強の基礎が出来ていたのでしょう。意図とは違う形ではありますが、中学時代の積み重ねが生きていました。

本来なら、この結果で自信を得て心が落ち着くはずでしたが、私の場合そうはなりませんでした。自己評価の低さがここでも顔を出したのです。

全国1位を取っても、「今回はたまたまで、次はダメだろう。化けの皮がはがれるだろうな。」「次ダメだったら、ものすごく馬鹿にされるだろうな。」「全国1位を取ったのに受験本番で落ちたら笑いものだよな。」などとマイナスな方向に考えが止まりません。

ある時模試を受けに行くと、私の受験票を見て学校と氏名を確認し、「おい、あいつは○○高校の・・・」と周りの数人が話しているのを耳にしました。その時から、周囲の視線を過剰に意識するようになりました。「あいつ、全国1位のくせに大したことないな。」という悪意のある目線で見られている。そう被害的に捉えて怯えていました。

私に対する両親の評価の最低ラインが「全国1位」となっていることも強く感じるようになりました。記憶しているのが、私が高校3年生の時のことです。模試で明らかなミスをして、全国60番台という成績を取って帰った時のことでした。結果を知った両親の顔色はみるみる青ざめ、2人とも強い吐き気を催して寝込んでしまったのです。

全国60位、って今から考えれば充分すごい成績なのですが、当時の私は「とんでもないことをしてしまった。」と自分を責める気持ちと、「やっぱり親には何も相談しちゃダメだな。」と諦める気持ちを強く持ち、ますます親との関わりを避けるようになりました。