東京での新生活、再びランニングの道へ

東京大学理科3類に合格するという目標は達成できて、引き続き生きることにしました。

合格したことを周りの人々は「すごい!」と褒めてくれますが、私の心が浮かび上がることはありませんでした。燃え尽きてしまい、何をして良いのか分からない状態でした。

ただ、病状に変化はありました。もう勉強はしないでいいんだ。そう思うと、少しだけ眠れるようになり、少しだけ食べられるようになりました。大学入学前には48㎏まで減っていた体重は徐々に増えて、50㎏を超えていました。大学に入って身長が180㎝を超えたので、まだまだ軽いのですが。

大学に入学して東京での一人暮らしが始まりましたが、授業が始まってからも目標を見失った状態が続きました。

授業にも参加する気になれない。参加しても頭に入ってこない。そんな状態でしたが、頻繁にかかってくる親からの電話には「ちゃんと授業には出ている。周りにも馴染んでうまくやっている。」と嘘をついていました。

まだ走るのが怖い状態はずっと続いていましたが、「もしかしたら走っても吐くまでのことはなくなっているかも。勉強はやる気になれないけど、もしかしたら小学生の時みたい2また走れるかも。」そう根拠のない期待を持って陸上競技部の練習に参加しました。といっても、本格的に陸上競技に取り組む自信はなかったので、医学部生だけが入れる「鉄門陸上部」の練習に顔を出しました。

しかし、初回の練習で早速期待は打ち砕かれました。ウォーミングアップのジョギングを400mのトラック1周しただけで吐きそうになって、ついていけなくなりました。ついていけないペースではないのに、吐き気がこみ上げてまともに走ることが出来ません。

情けないと思いつつ、それを誰にも相談は出来ませんでした。しばらくは先輩方と一緒に練習はせず、一人でゆっくりジョギングをしたり、吐き気が出ない100mくらいの距離を何本も走ったり、ごまかしながら出来る練習をしていました。

それでも徐々に体力は戻り、1年生の冬場にはかなり練習が出来るようになっていました。大会に参加するとやはり強い吐き気に襲われて足がすくんでしまいました。練習とは別人の走りでしたが、それでも途中棄権することなく走り切ることが出来ただけで毎回ホッとしていました。

走れるようになると、少しですが勉強する気力も戻りました。全国1位の面影は全くなく、留年するかどうかギリギリの際どい成績でしたが。

人と話をするのは依然として億劫に感じていたので、対人交流は入学当初から変わらず希薄でした。しかし、全体としては入学当初よりも確実に調子が上向いていることを実感できました。睡眠の質も入学当初より改善していましたし、食事量も普通の人の量に近付いていました。

死にたいという気持ちはずっと心の中にありますが、高校時代のように遺書を書こうと思うことはなく、「死にたいけど、今すぐじゃなくてもいいか。」というくらいでだいぶ薄れていました。

一人暮らしをして両親から遠く離れたことも病状改善に向かう要因の一つでした。頻繁に連絡は来て、時々東京にやっては来るものの、実家に暮らしている時のように威圧的な接し方をすることもなく、両親がショックを受けて吐いて倒れる姿を見ることもなくなっていました。

大学1年生の終わりになると30㎞の大会に自主的に申し込んで走ったり、ランニングへの意欲が増していました。競技会とは違ってお祭りのような面もあるマラソン大会の雰囲気や参加賞が嬉しくて、走ることへの意欲がさらに高まっていました。

「2年生になって競技会が始まれば、初めて陸上競技で良い成績が出るかもしれない。」そんな楽しみも感じられるようになっていました。

しかし、調子が上がってくるからどんどん練習をしよう、と走ることばかり考えていて、体のケアをおろそかにしていました。高校3年間何も運動しておらず、体力が落ちていた私の身体はある時限界を超えてしまいました。

医療の現場からレポート④

心の運動療法家、岡本浩之です。

精神科クリニックで診療をしていて感じたこと、思っていることを「医療の現場からレポート」と(大げさに)題してお伝えしていきます。

新型コロナウイルス関連相談室

私は北本心ノ診療所での診療以外にもいくつか仕事をしています。そのうちの一つに、企業への定期訪問、社員との面談があります。

新型コロナウイルス感染拡大に伴い、皆の不安も強くなっています。

社内で感染者が出ると会社名が報道されて、行動や対策に何か不備がなかったのか厳しい目で見られてしまいます。そんな状況ですから、なおのこと皆神経質になりますよね。

さらに医療崩壊のニュース、病院の受け入れ拒否のニュースが頻繁に報道されているので、不安はさらに強くなります。

「何となく身体が怠いけど、これは新型コロナウイルス感染ではないのか?」

「子供が熱を出している。新型コロナウイルス感染症だったらまずいので、自分もしばらく休んだ方が良いのかな?」

「医療崩壊のニュースが報道されていて、熱があっても受診を断られたりするようだけど、じゃあ体調が悪い時には一体どこに相談したらいいの?」

などと、新型コロナウイルス感染症が拡大する前はあまり気にしていなかったことでも過敏になります。

在宅ワークに切り替えると、顔を合わせる同僚に相談出来ていたことが相談出来ず、こういった悩みを自分一人で抱え込むことが多くなります。

そういった方々の相談窓口として「新型コロナウイルス関連相談室」が開設され、早速相談を頂いています。

オンラインでの面談を行って、まずは話しを聞いて今の悩みを整理し、今後どのような対応をするのが良いかをお伝えしています。

精神科オンライン診療の料金体系に変化が

精神科でのオンライン診療の問題の一つに診療報酬の問題がありましたが、令和2年4月22日に厚生労働省から通達があり、これまで対面での通院精神療法を行ってきた患者さんについて月1回のみ「147点」を算定出来ることが周知されました。

通院精神療法(5分超、30分以内)が330点であること、週1回算定出来ることに比べると低い点数と回数とは言え、大きな変化であるといえます。

オンライン診療を受けている方はご存じかもしれませんが、オンライン診療では保険点数として支払う以外に、システム利用料というものがかかります。

システム利用料?

オンライン診療を既に導入している病院から話しを聞くと、診療報酬の保険点数に加えてシステム使用料として1000円~3000円(それ以外の金額を設定しているところもあります)を患者さんから徴収しているようです。

オンライン診療のシステム使用に初期費用+月々の運用費がかかることから、医療機関がシステム使用料を独自に設定しているのですね。

「そんなの安くしたらいいだけじゃないか?」「てか、そんなの無料でいいじゃん!」と思うのですが、ただ安くして簡単に向精神薬が手に入るということは必ずしも良いことばかりではないようです。

オンライン診療で通常より安く手に入るからと多く薬をもらって、本来の上限を超える量をまとめて服用したり、他の方に売ったりという事例が現実にあります。

システム使用料を高く設定したからといってそういうリスクがゼロになることはないのでしょうけど、安易な投薬を避ける意味では仕方ないのかなと思います。

オンライン診療と対面診療のどっちがよいのか・・・

オンライン診療は、病院で長く待って診療を受ける手間が省ける手軽さというメリットがあります。新型コロナウイルス感染拡大が起きている今、病院に長時間滞在することは感染リスクが高まりますから、このメリットは大きいですね。

そのメリットがある反面、窓口での支払い額は多くなるという大きなデメリットがありますね。

私は医師として診療をしている一方、うつ病患者として通院中でもあります。

感染リスクを考えると、リスクを減らす分出費が増えるのは仕方ないと思うので、オンライン診療に切り替えようと思います。

患者さん1人当たりからの病院の収入としては、オンライン診療にすると結局少なくなるようです。

オンライン診療では対面診療と比べて患者さんについて得られる情報量が少なくなり、精神療法が充分には行えないと感じるので、病状が安定していて処方の変更も必要がない、1か月の長期処方が可能な方に限る必要が現時点ではあるでしょうか。

生き延びたけど、見失った目標

吐き気が常にあって食欲がなく、夜も眠れない。常に風邪を引いていて頻繁に熱を出し、お腹も下していて・・・と、心身共にボロボロでした。高校3年生の夏に体重計に乗ってみたら、48kg台になっていました。大学入学時の身長は177cmでしたから、相当痩せていました。高校2年生の初めには52kgくらいあったので、元々痩せていたのがさらに痩せてしまいました。

集中力、注意力は低下しており、勉強をしていても簡単な問題で間違えることが度々ありました。模試ではそうならないように注意はしていたのですが、それでもやはり不注意から大量失点してしまうことがありました。

しかし、多くの模試では全国総合上位の成績を維持していたので、私の不調には周囲の誰も気付いている様子はありませんでした。

「合格でも不合格でも、どっちにしても合格発表の日には楽になれる。」

それは私にとって大きな支えとなりました。不合格だったら自殺しようと思っているのに、死ぬことを支えに生きるというのは変な話しですが、この苦しみには終わりがあると分かっていることは励みになりました。

勉強をしたくない、そう思ったら財布に忍ばせている遺書を取り出して読みました。読んだ後は苦しみが少し減って、また机に向かう力を振り絞ることが出来ました。

年が明けて1月に受けたセンター試験当日も、熱を出してお腹を下していました。

眠れない、食べられない状態も当然続いているため、体調が悪く集中出来ないかと思いきや、「ダメでもどうせ死ねば良いんだから。」とかなり開き直って冷静になっていました。

結果は、社会だけ100点中の89点で後は満点でした。周囲は驚いていましたが、私は何も感情が湧きませんでした。嬉しいとも悲しいとも思わず、ただこの苦しみから逃げる日が待ち遠しい、それだけでした。

センター試験と2次試験の前に高校の卒業式がありましたが、私は出席しませんでした。実は中学の卒業式も出席していませんが、これは単にインフルエンザによるものでした。

高校の卒業式は、「行きたくない。」とだけ言って詳しい理由を両親にも誰にも言いませんでした。2次試験直前ということもあり勉強に専念したいからだと両親は考えていたようですが、本当の理由はそうではありませんでした。

「卒業式に行くと、死にたいという強い気持ちが揺らいでしまいそう。揺らいだら、またこの苦しい状態を生きて我慢しないといけない。合格して生きるか、不合格で死ぬか。それ以外の選択肢は作りたくない。」

これが行かなかった理由です。もちろん、本当のことを言えば周囲は止めるのは明らかです。私はただ、行きたくないとしか言えませんでした。

そうしたところ、高校の担任の先生が私の自宅まで会いに来て下さいました。「何か悩みがあるんちゃうか?」そう問いかける先生に対しても、うつむいたまま何も言えませんでした。

私1人のためにわざわざ自宅まで来させたことがただただ申し訳なく、「こんなダメな奴はもうすぐ消えます。」と心の中で繰り返して頭を下げていました。

迎えた2次試験当日。緊張するどころか、「いよいよだ。もうすぐこの苦しみから逃れられる。」という解放感すらありました。

かといって調子が良くなったわけではなく。相変わらず眠れないし、倦怠感や吐き気も強く、食事が摂れません。集中力も低下し、理科で問題の読み間違いをして大きく失点してしまいました。

しかし、とにかく試験は終わりました。

2次試験には前期試験と後期試験があり、前期試験で落ちた場合には後期試験の受験資格もありました。

私が目標としていた前期試験は80人が合格出来ます。後期試験では10人が合格出来るのですが、理科の生物が試験科目に含まれていました。私は理科で物理と化学の2科目を勉強しており、生物の勉強は全くしていませんでした。ですから、後期試験にも出願はしていたものの、受かる確率はほぼゼロでした。

前期試験で落ちたら、後期試験は受けずに自殺する。そう考えていたので、終わった後はぐったりして、もう何もしたくないとばかり考えていました。2次試験が終わってからは一切勉強をしませんでした。

一応自己採点もしましたが、理科で大きな失点をしたことは分かるものの後はどのような答案を書いたか覚えていない部分も多く、さっぱり分かりませんでした。何となく合格はしていそうな感覚もありました。しかし、考えても分からないので、「どっちでもいいや。」と深くは考えませんでした。

合格したら生きる。不合格だったら自殺する。その考えはぶれないので、後は合格発表を待つだけでした。

2次試験が終わっても変わらず眠れないし、食欲はありません。

そして迎えた合格発表当日。本郷キャンパスの掲示板で自分の受験番号と名前を確認しました。喜びや感動、涙もなく、「あ、あった。」それだけでした。

「合格したから生きなきゃ。」と、財布に忍ばせていた遺書をコンビニのゴミ箱に捨てました。「生きるって決めたんだから生きよう。でも、もう勉強はしたくない。」

医師になって自分の不調の原因を知るために、勉強を頑張り出したはずでした。しかし、いつの間にか私は大学受験が最終ゴールになっていました。そして命を削る思いをして最終ゴールに無事到達したは良いものの、そこから先の人生での目標を完全に見失っていました。

医療の現場からレポート③

心の運動療法家、岡本浩之です。

精神科クリニックで診療をしていて感じたこと、思っていることを「医療の現場からレポート」と(大げさに)題してお伝えしていきます。

地域精神科医療の窓口として

2011年4月に北本心ノ診療所を開院しました。私が開業医の道に進むと決めた時、開業の柱を2つ決めました。

1つは、心の運動療法家の活動にもつながっていますが、「アスリートのメンタルケアをする」ことです。

そしてもう1つは、「地域精神科医療の窓口として機能する」ことです。

私は精神科医になってから、大学病院、民間の精神科病院、精神科救急専門病院、公的病院、精神科クリニックに勤務してきました。

地域の精神科医療の流れを考えた時に、まず窓口となるのが精神科クリニックです。クリニックでの対応が難しい、入院が必要、といった場合に患者さんの病状に応じて適切な医療機関に紹介され、治療を受けて、また地域の精神科クリニックに戻って来る。この流れがスムーズであるためには、窓口である精神科クリニックが役割を果たすことが大切だと感じました。

理想と現実の違いに悩むこともあります。「地域医療の窓口としての役割を充分果たしています!」と豪語出来るほどではないとしても、地域精神科医療の流れをスムーズにすることもある程度は出来ているのではないかと自負しています。

開業した後も北本市やその周辺での相談業務などを非常勤で行っていることもあり、開業してから9年の間で、診療所が地域精神科医療の窓口として認知されてきたと感じることが多いです。

窓口に立ってばかりいると見えないこと

地域精神科医療の窓口として診療所での診療を続けて行く中で、窓口を通過してからの精神科医療の流れが見えにくくなって来たことにふと気付きました。

診療所以外の病院にも勤務経験があり、地域精神科医療の流れは一通り理解したつもりですが、その流れは常に一定ではありません。私が理解しているのは古い流れのままで、しかもどれだけ正確に覚えているつもりでも記憶は風化します。今の地域精神科医療の流れ全体を把握するためには、診療所での診療だけではダメだと思うようになりました。

そのために、現在私は月に何度か、入院施設のある複数の精神科病院での当直業務を日曜や祝日に行っています。

診療所で週5日診療をして、1日は地域の相談業務や都内での面談を行い、残りの1日で当直をするので月の休みはほとんどなくなってしまいますが・・・

忙しくて大変だと思うことはありますが、入院施設のある精神科病院での当直によって入院治療の現状を把握することが出来るのは、その大変さを充分に補うものと感じています。

診療所での診療は続けつつ、調子を崩さない範囲で当直業務にも参加したいと思います。

新型コロナウイルス感染症の影響

新型コロナウイルス感染は収束するどころか、依然として感染拡大が続いています。

病院がクラスターになる事例も多く、「精神科だから感染症関係ないでしょ?」なんてことはなくて、皆対策に神経を使っています。

私たち医療関係者から拡大する可能性、また患者さんの新規入院、外出や外泊、外来通院、ご家族の面会からウイルス感染が広がる可能性を考えないといけません。

どこまで対策をすれば良いのか手探りの部分は多々ありますが、情報収集をしながらより適した対応が出来るように心がけています。

また、私は精神科医ですが、休日当番医として内科系の疾患も診察することがあります。差配する立場ではないので個人的な意見ですが・・・地域での医師の配置を考えると、新型コロナウイルス感染症の治療に対応す専門病院を作り、開業医も含めて地域の医師が交代で勤務し、私もそこに関わっていく必要が出てくるのかもしれません。

もちろん、精神科医が感染症の治療に急に関わっても足手まといなので、しっかり研修を受けつつ。

体力を落とさないようにしながら、今後のことを考えていきます。

全国1位獲得の反動

過集中と言えるほど勉強に専念し、全国1位というこれ以上ない成績を取ったのですが、そのまま全てが順調に進むほど甘いものではありませんでした。

中学を卒業して陸上競技から離れることで一時的に落ち着いていたかに見えた症状がぶり返してきたのです。眠れない、食べられない、吐きそう、中学時代に苦しんだ症状が再び悪化しました。

高校2年生になったばかりの頃、食事を見ただけで吐き気がして喉を通らなくなりました。そこで無理をして食べると、途端に吐いてしまいます。でも食べないと体がもたないと分かっていたので、学校に着くとまず食事を1口、休み時間にまた1口と少しずつ時間を分けて取るようにしていました。周りから見ると、「朝っぱらから早弁をしている態度の悪い奴」でしたが、なりふり構っていられません。ただ、少しでも食べ過ぎるとたちまち吐いてしまうので、慎重に少量ずつ口に運んでいました。

やがて、強い吐き気のためにバスや電車に乗ることが苦痛になりました。中学、高校と電車通学をしていたのですが、ドアが閉まる瞬間に苦しくなり、たった数分乗っているだけなのにとてつもなく長い時間に感じました。自分の体をつねって耐えていましたが、耐えられずに途中で降りたことが数多くあります。途中で降りて電車に乗れず、そこから歩いて大幅に遅刻して登校したこともあります。

授業中も強い吐き気に襲われていました。授業が始まると自分の体をつねって吐き気を我慢していましたが、耐えられない時にはトイレに行きました。授業中に何度もトイレに行くわけにはいかないので、どのタイミングでトイレに立つかを見極めることに神経を使いました。

睡眠についても、疲れているはずなのに眠気が来ず、明け方まで起きていることが度々ありました。寝なきゃと思って焦りますが、焦れば焦るほど目は冴えます。昼間眠くはなるのですが、昼寝をしようと試みても眠れないまま夜を迎えます。夜になると日中の眠気が消えてなぜか目が冴えて、という日々の繰り返しでした。

常にお腹を下し、常に風邪を引いているというように体調の変化も起きました。

徐々に頭が働かず、集中力が低下していました。

実際に模擬試験で信じられないような初歩的なミスをしたこともありました。調子が悪いことを悟られたくないために、「真面目にやらずにちょっとふざけてみたんだ。」と周りには強がっていましたが、自分でも明らかな不調を自覚していました。

これだけ調子が悪いと感じていながら、私は誰にも相談することはありませんでした。両親に相談してもまた怒鳴られたり、逆に両親の方が倒れてしまうだろうと思っていました。

中学時代に病院を受診した時に、「それくらい自分で乗り越えないと」と言われたことが私の頭には強く残っていて、病院に行くことも考えられませんでした。

友人には恥ずかしくて相談出来ず黙っていました。何事もなく冷静で、時々悪ふざけをする。そんな姿を演じていました。そのためか、友人からは「お前はのんきでいいなあ。」と言われたこともあります。

「皆それぞれ悩みはあるんだろう。自分の悩みなんかは大したことないんだろうな。」と思い、自分のつらさはしまっていました。

しかし、一方でこのままの生活は続かない、このままでは確実に死んでしまうことは自分でも分かりました。苦しい、出来れば今すぐにでも死んでこの苦しみから逃れたい。そう考えて、中学時代と同じように市販の薬を多く飲んでみましたが、死ねませんでした。死ねなくてがっかりすると共に、確実に実行出来る方法を考えないとダメだなと理解しました。

かといって、どうしたら良いのかすぐに考えが浮かぶわけでもありません。死ぬことを望む一方で、死ぬことへの恐怖心もありました。

「大学受験が終わるまでは勉強を続けて東大理3合格を目指そう。もし落ちたら、そのまま死のう。」

それが私の答えでした。

「全国1位になっても受験で失敗した奴。陸上でダメなのに勉強でもダメな奴。そんな価値のない人間が生きていても許されるはずがない。どうせ死にそうなくらい弱っているのだから、思い切って実行しよう。」そう固く決意しました。

高校2年生の終わりに、東大を目指す友人数名と共に1泊して上京して東大を見学に行きました。2日目は各自自分の行きたいところに行ってそのまま解散だったのですが、私は合格発表が行われる東京大学本郷キャンパスの周囲を歩き、自殺実行場所と方法を決めました。頭の中で何度もシミュレーションをして、どのタイミングなら確実かを考えました。

自殺が成功したら、身近な人たちはどんな反応をするだろう。そういった人たちの顔を思い浮かべると、悲しくなって涙が出ました。

しかし、この苦しみをずっと我慢出来る自信はありませんでした。葛藤はありましたが、やはり受験で失敗した私が生きていることは許されないという結論に達しました。

「このやり方なら絶対に失敗しないで確実に死ねる。」

「合格出来たら、もう勉強はしないから今の苦しみから離れられる。不合格でも死ねば良いから、どちらにしても今の苦しみから離れられる。」

そう思うと、不思議と心が軽くなりました。

1人で自宅に帰って、遺書を書きました。両親に向けて、兄に向けて、同級生に向けて。書いていてももう涙は出ませんでした。

医療の現場からレポート②

心の運動療法家、岡本浩之です。

精神科クリニックで診療をしていて感じたこと、思っていることを「医療の現場からレポート」と(大げさに)題してお伝えしていきます。

オンライン診療の現状

2018年度からオンライン診療が保険診療として認められるようになり(様々な条件は付きますが)ました。2020年度からはオンライン診療を保険診療として行うための条件が緩和されてオンライン診療の普及に向けて政府が力を入れていることが伝わりますね。

それに加えて、新型コロナウイルス感染拡大に伴い通院が困難となる方が増えていることを鑑み、期間限定の対応ですが初診でもオンライン診療を保険診療として認める方針となりました。

オンライン診療では通院精神療法を算定することが認められていないという、精神科での課題は抱えたままでありますが。

オンライン診療を経験してみよう

先日、私はオンライン診療を試験的に取り入れてみました。

相手の方それぞれと事前にメールでのやり取りを繰り返して、すべて保険診療ではなく自由診療という形で実施しました。

時間にして60分ほど、初対面の方と画面越しに問診を行い、現在の病状や今後の治療方針について話しをしました。

私たち精神科医は患者さんの診察をする際に、話しの内容だけでなく、どのような口調や表情で話しをするか、どのような仕草をするかといったことも重要視します。

例えば、「元気だと言いつつも声に張りがない、伏し目がちになる、小刻みな動きが多くなる」、という場合には、元気だと言いつつも他に何か伝えたいことがあるのだなと理解し、さらに詳しく話しを聞きます。

言葉の裏にあるメッセージをオンライン診療では果たしてどの程度まで読み取れるのか?読み取れないのか?これが、今後オンライン診療で通院精神療法が算定出来るかどうかの1つの目安になるかもと勝手に考えています。

とにかく実際に体験してみないと話しが進まないので、手探りではありますが実施しました。

オンライン診療も活用出来そう!だけど・・・

パソコンだったりスマートフォンだったりの画面に向かって話しかけるので、私自身がぎこちない感じでした。また、実際に対面している時と違って、画面に向かうので口調も自然とは言えず、さらに機器の性能の限界で声が多少途切れたり、動きもやや滑らかさを欠いたりして、対面診療と同じように相手の状態を理解するのは難しいなと感じました。

それでも、話しているうちにお互いに自然な口調や表情変化になって言葉の裏にあるメッセージを読み取ることは出来ると感じました。

通院はしていないので「通院精神療法」の算定は無理としても、精神療法として算定出来るくらいの治療は提供可能だとは(個人的には)感じています。

ただ、普段は対面診療で毎日60人以上の診察をしていますが、オンライン診療で同じ人数を診ることが出来るのか、と考えた時に・・・。

うーん。どうも60人を診ているイメージがつかないんですよね。単に慣れていないから、というのもあるでしょうけど。

対面診療での診察のリズム、流れとあまりに違っていて、一連の流れが一人一人の診察の間で止まってしまうような。そんなぎこちなさがあります。

1日30人がオンライン診療で診れる人数の限界かな(今の私の能力では)、と思います。

まだオンライン診療の症例数が少ないので、今後経験を積んでいきます。

自宅に帰らず診療所内での生活が今後も長く続きそうですので・・運動もしながら頑張っていきます!

独自の勉強スタイルで日本一に

東大合格のために私が行った勉強は、とにかくスピードを重視することでした。どうしても分からない問題は分からないままで置いておき、とにかく先に進みました。

問題集を1冊終わると、間違えた部分だけ後からまた繰り返して解き、そこでも間違えたものはまた後で最初から順に解いていく、ということをひたすら行っていくと、最初はあまりにも難しくて手も足も出なかった問題でも徐々に出来るようになりました。果たしてこれがどの程度受験勉強につながっているのか、確信が持てずに不安はありましたがそれでもやり方を変える不安が大きく、そのままの勉強方法を貫きました。

「どのような勉強をしたら東大理3に入れますか?」という質問を今でも頂くことがあります。ものすごく効率的な方法、特殊な方法を答えると期待されているのですが、実際のところは市販の問題集をひたすら繰り返し、スピードを上げて解いていくというものでした。

私が高校に進学すると同時に、兄は九州にある医学部に現役で合格をして一人暮らしを始めていました。

子供の頃から兄に対しては妬む気持ちが強く、当時の兄弟仲は決して良くなかったのですが、私より先に医師への道を歩み出し、私より先に一人暮らしという自由を手に入れていることに益々妬みと焦りが強くなりました。

ランニングでは兄を超えられなかったので、せめて勉強だけでも。その思いが私の集中力をより高めました。

自宅では両親と3人暮らしになっていましたが、両親とはほとんど話しをせず、家に帰ると自室にこもって勉強をしていました。勉強が苦痛になることももちろんありましたが、「この家から出ていく。」と考えるだけでモチベーションが回復出来ました。

高校生なら異性の目なども意識して、服装や髪型なども変わってくるのですが、私は「見た目を気にするようでは東大合格なんて無理だ。」と強く思っていたので、「ダサい。」と言われても気にせずそのままの格好でいました。「ダサい。」と言われれば言われるほど、「ダサくならないと合格は出来ないんだ。」と頑なになっていました。

中学時代、自分が走れなくなっていても陸上競技の大会をテレビで観戦はしていました。自分が競技するという意識を捨てていちファンとしてなら観ることが出来ていたのですが、それも一切やめました。

小学生時代、「中学に入れば陸上競技で活躍して、一気に世界が変わる。」と考えていたのと同じように、高校時代にはいつしか「東大理3に入って一人暮らしをすれば、一気に世界が変わる。」と考えていました。

ランニングで挫折して後がなくなり、自分にとって余分だと思う全てを排除して、東大理3現役合格だけを目標にしたところ、驚くような結果が出ました。

高校3年間で多くの模試を受けましたが、なんと総合1位を3回も取り、総合1桁順位も多く取りました。

中学時代に心の支えとしていた通信教育で勉強をする習慣がついていたことで勉強の基礎が出来ていたのでしょう。意図とは違う形ではありますが、中学時代の積み重ねが生きていました。

本来なら、この結果で自信を得て心が落ち着くはずでしたが、私の場合そうはなりませんでした。自己評価の低さがここでも顔を出したのです。

全国1位を取っても、「今回はたまたまで、次はダメだろう。化けの皮がはがれるだろうな。」「次ダメだったら、ものすごく馬鹿にされるだろうな。」「全国1位を取ったのに受験本番で落ちたら笑いものだよな。」などとマイナスな方向に考えが止まりません。

ある時模試を受けに行くと、私の受験票を見て学校と氏名を確認し、「おい、あいつは○○高校の・・・」と周りの数人が話しているのを耳にしました。その時から、周囲の視線を過剰に意識するようになりました。「あいつ、全国1位のくせに大したことないな。」という悪意のある目線で見られている。そう被害的に捉えて怯えていました。

私に対する両親の評価の最低ラインが「全国1位」となっていることも強く感じるようになりました。記憶しているのが、私が高校3年生の時のことです。模試で明らかなミスをして、全国60番台という成績を取って帰った時のことでした。結果を知った両親の顔色はみるみる青ざめ、2人とも強い吐き気を催して寝込んでしまったのです。

全国60位、って今から考えれば充分すごい成績なのですが、当時の私は「とんでもないことをしてしまった。」と自分を責める気持ちと、「やっぱり親には何も相談しちゃダメだな。」と諦める気持ちを強く持ち、ますます親との関わりを避けるようになりました。

医療の現場からレポート①

心の運動療法家、岡本浩之です。

精神科クリニックで診療をしていて感じたこと、思っていることを「医療の現場からレポート」と(大げさに)題してお伝えしていきます。

新型コロナウイルス感染対策

現在、新型コロナウイルス感染拡大によって世界中の人々の生活に大きな影響が出ています。

私は感染症の専門家ではないのであまり詳しくは述べませんが・・・新型コロナウイルスの特徴として、感染力が強いけど多くの方が無症状または軽症で済む一方で、重症化すると急速に症状が悪化することがあるようです。

軽症、という言葉で誤解をされることが多いのですが、「大したことがない」という意味ではなく、「入院するまでの症状ではない」という意味です。入院は必要ないけど苦しい、ツラいというものも「軽症」に含まれます。

自分は感染して無症状だったとしても、周囲にウイルスを撒いて感染を拡げてしまい、感染させた相手が重症になり命を落とす、ということも充分にあります。

「感染するのは自己責任だから、飲み会にも行くし外出自粛なんて関係ない。」と考える方もいますが、自分が感染するのは自己責任としても、周囲の人を巻き込む危険があるのは自己責任では済まされません。周囲に致命的な影響を与える可能性もあると自覚したいですね。

「あなたのところは精神科だから感染症は無関係だろう?」と思われることもありますが、やはり私のいる診療所でも影響は出ています。

私を含めた診療所の人間が感染したら、一定期間診療所を閉めないといけません。ですから、皆感染対策に神経を使っています。院内の消毒や換気についても再度スタッフとルール決めをしました。

私は自宅が都内にあり、通勤には電車を使って片道約1時間20分かかります。都内から埼玉に向かうので、最初は満員でも段々空いてくるのですが、それでも通勤電車に乗って長距離を移動することは、感染のリスクを高めてしまいます。

なので、3月中旬以降私は診療所に寝泊まりして自宅には帰っていません。

実行している対策を細かく挙げたらきりがないのでこれだけにしておきますが・・・

毎日60人の診察をしている私が発症したら、患者さんへの影響が大きいので引き続き気を付けたいと思います。

これを機に、「風邪ごときで仕事休んでるんじゃねえ!」という風潮が改まり、「風邪もウイルス感染で人にうつしちゃう危険があるよね。みんな風邪を引いたら休みましょう。」となれば良いのですが・・・現実は((+_+))

オンライン診療を活用したい

今は診療所内の感染対策をしつつ、患者さんには来院して頂き対面で診察をしています。

他の科でもそうでしょうけど、精神科でも対面で話しをすることで得られるものはとても大きく、対面での診療が一番だと考えています。

精神科医は、言葉そのものだけでなく、ちょっとした仕草や表情の変化などから病状を読み取ることが多いです。

患者さんの中にも、直接会うことで安心感を持って話せるという方は多くいらっしゃいます。

とはいっても、今は新型コロナウイルス感染が怖くて外に出られない、人が集まる病院には行きづらいという方もいらっしゃいます。また、私もそうでしたけど、うつ状態がひどい時には病院に行くだけのエネルギーがなくて通うことが出来ない場合もあります。

そこで、オンライン診療(遠隔診療)が大活躍!となるはずですが・・・今のところそこまで広まっている気配はないですよね。私のところでも現時点でまだ導入していないのですが。

これは私の個人的な意見で、多くの医師の意見を代表しているわけではないですが、遠隔診療を導入して運用する労力に見合った診療報酬が設定されていないのかな、と感じます。精神療法をしっかり(何をもってしっかりというのかは難しいですが)やったら通院精神療法のようなものが算定できるといいのかな?と。

話しは脱線しますが、依存症治療の一環として自助グループのような集団療法が有用なのですが、これをやっている場所は限られています。私のところでも導入できていません。大勢の人が集まる場所を持っていて、そのための人員を確保して、一堂に会して、というだけの余裕がないので導入していないだけなのですが、これがオンラインで出来たらいいなと感じています。

今後もウイルス感染症の問題は起こると思います。そうすると密閉された空間に人が集まるのは難しくなり、集団療法がそのために出来なくなることは依存症治療に大きなマイナスになると考えています。オンラインで定期的に開催できると、多くの施設で導入しやすいなと感じます。これも診療報酬がどうなるのか、という問題はありますけど。

さらに脱線しますが(まとまりなくて申し訳ありません・・・)、講演会などのイベントが中止になっていますが、私の講演会も例外ではなく、現時点ではすべてが延期、中止になっています。

私の講演を聞きたい方がいるかはさておき・・・今後はオンラインで配信できるといいなぁ、と願望を述べておきます。

今こそ運動を!

新型コロナウイルス感染拡大の影響で精神的に調子を崩す方も多くなっていますね。

可能性は低いと分かりつつも、ちょっと頭痛がする、痰が絡むなどの体の異変があると「新型コロナに感染したのではないか?」という強い不安が頭から消えず仕事が手につかない。

手にウイルスがついている気がして、何十回も手洗いをして手が荒れて痛いけど、それでも手洗いを延々と続ける。

自分は我慢しているのに楽しそうにSNSに投稿している人を見ると、その危機意識の低さに腹が立って許せなくてきつく注意をしてしまう。

そんな話しがあちこちから聞こえてきます。

以前、新型インフルエンザが国内で流行した時にはここまでの騒ぎにならず自然と収束していきましたし、SARSなどは対岸の火事という方が多かったのですが、新型コロナウイルスは我々の生活に大きな影響を及ぼしています。

ですから、不安になったり、イライラしてストレスを感じるのも当然かと思います。

何をするにも自粛自粛で、ちょっと目立つことをすると(悪いことをしていなくても)袋叩きに遭うので、余計に神経質になりますよね。

以前から「心の運動療法家」を名乗り、心の健康維持や健康回復には運動が良いと伝えていた私ですから、「今こそ運動をしましょう!!!」と主張しています。

かといって、大勢で集まって球技をするとか、集団でランニングをするとウイルス感染拡大を助けてしまいます。ジムでの感染拡大もニュースになってしまいましたね。

私はランニングを継続していますが、人の多い練習場所を避けて、ほとんど人通りのない場所で一人走っています。また、室内で出来る筋トレ動画が今はたくさんあります。筋トレ動画は楽しみながら出来る(でも結構追い込みますが)ものが多くて、飽きませんよ。

100%の完璧な対策はないですし、一人だから安全だなどとエラそうには言えません。安全に相当の配慮をしてスポーツ指導を実施している方もたくさん知っています。

何が正しいか、絶対的な基準はないです。人によっては、その内容によっては、運動することで免疫力が大きく低下して、逆に発症しやすくなりますからね。

運動することのメリットとデメリットを考えつつ、メリットが大きく上回ると感じる方法を選んでいます。

長くなりましたが、日々の臨床をしていて感じることを「医療の現場からレポート」と題して今後も発信していきます。

最後までお読みいただきありがとうございました!

ランニングからの逃げ道として東大を目指す

進学校ということもあって、高校に進むと早くも受験モードに切り替わる同級生が増えました。私も陸上競技部を引退したので、早々に受験モードに切り替えたと周囲には思われていました。

しかし実際には、「ランニングから逃げたダメな奴。」「普通に走ることすら出来ないおかしな奴」、という気持ちが強く、受験に向けてスパッと頭を切り換えることは出来ていませんでした。

高校に入っても相変わらず走ることは出来ず、学校のスポーツテストで1500mを走っても途中で吐いてリタイアしたり、授業中の長距離走の途中で吐いて保健室に運ばれたりしていました。どうにか走りきった時でも、途中からは強い吐き気に襲われ自分のペースを維持することが出来なくなっていました。

普通に走ることは一生出来ないんだろうな、と考えると悲しくなりましたが、これ以上ランニングと向き合う気持ちにはなれず、背を向けて逃げました。

勉強は運動が出来ない奴が仕方なくやる格好悪いこと、と偏った思い込みのあった私ですが、他に頑張れるものもなく、悪ぶって夜遊びをするのも似合わないと感じたので、勉強をするしかないかな、と観念しました。

しかし、格好悪いことをやるのには自分で納得出来る理由が必要でした。そして勉強する理由は何か考えた末にたどり着いたのが、「スポーツをやるのなら乗り越えないと、とか病気じゃない、とか病院で言われたけど、吐いて走れなくなってつらいのは今でも続いている。いったい自分の体はどうなっているのだろう?もしかしたら医者になったらそれが分かるのではないか?」ということでした。

自分の体がどうなっているのかを解明するために医者を目指そう。医学部に行くためには勉強をしないと入れない。だから勉強を頑張ろう。これが私にとって一番しっくりくる理由でした。

医学部だったらどこでも良いと最初は思っていたのですが、私が医学部を目指すというと両親は関西では一番偏差値の高い京都大学を目指す前提で話しをして来ました。

私が小学生の頃には威圧的な態度で接していた父親ですが、この頃には以前のような威圧感はなくなっていました。その代わり、私の言動でショックを受けると顔色が悪くなり寝込むことがありました。

「浩之が京大に入ったら・・・」と私の大学進学後の話しをする親の言葉を聞く度、大学生になってまで親の顔色をうかがって、親が倒れたりしないようビクビクするのが情けなく思えました。

そこで、高校1年生の夏に私は「東京大学に行こう。東京なら親とは遠く離れて、自分のペースで生きられる。」と決意して、東大を目指すと公言するようになりました。

東大の難しさは漠然と聞いて知っていたので、「東大を目指すという口だけで中身の伴わない奴にならないよう、全てを捨てて東大合格だけを目指そう。」とも決意しました。

私の目指した東京大学理科3類(東大理3)前期試験は、80人しか入れない、東大の中でも特に難関科類でした。

東大合格のために無駄だと思えることは一切排除して、必要なことだけをやるようにしました。東大理3は私の通う高校から毎年1人受かるかどうか。ですから、学校で周りと同じことをしてはダメだと感じ、学校の授業さえも必要ないと考えておろそかにして、自分の思う勉強に取り組みました。

塾や予備校に行こうと考えた時期もありましたが、小学生の時に塾に通ってただ座っているだけだったことを思い出し、時間がもったいないと考えてひたすら自宅学習をしました。

先輩達の合格体験記を読み、どの問題集が良いか情報を仕入れて買い、繰り返し解きました。また、予備校が主催する東大対策の模擬試験の過去問を25年分入手し、試験本番と同じように時間を計って解きました。東大の入試本番の過去問は10年分くらい解きました。

中学受験の時もそうでしたが、過集中と言える状態で取り組みました。

陸上競技部を逃げるようにやめ、死にたい気持ちをずっと持ち続けてきた私は、勉強のやり過ぎで死ねるなら本望と考えていました。

そうやって追い込み続けることが、良い結果と悪い結果の両方をもたらしました。