唯一の心の支えであったランニング

小学生の頃には自己評価が非常に低く、死ぬことも意識するようになっていたのですが、それでも生きることが出来たのは、「死ぬ勇気がない」というマイナスな理由だけでなくプラスの理由もありました。それがランニングとの出会いでした。

私の父親は学生時代に陸上競技をやっており、社会人になってからも趣味程度ではありますが走っており大会にも出ていました。普段はテレビを一切観ない家庭だったのですが、駅伝、マラソンなど陸上競技の試合がテレビ中継される時にはテレビがついていました。

テレビに映る選手達の姿を見て、小学生の私は「かっこいい!あんな風に走れるようになりたい。走るだけならこんな自分でも出来るのではないか。」と考えました。

選手達が実際にはものすごいペースで走っていることが理解出来ず、ゆっくり走っていると勘違いしたことで、自分でも出来るといっそう思い込んでしまいました。

さらに、長距離は背が低い選手の方が有利だ、と聞いたことも私の希望になりました。

兄は中学時代に陸上競技では県内上位の選手になっていました。

「背が高くて不利なはずの兄が強くなったんだ。背が低い自分はもっと強くなれる。」

私の背の低さが初めて生かされる時が来る、と私の思い込みは止まりません。家にいる兄の姿しか知らないので、「労せず速くなっている。」と勘違いしていました。

「ならば、精一杯努力したら自分は強くなれるかも。」

後から聞くと、兄は強くなるためにものすごい練習をして努力を重ねていたのですが、そんなことは知ろうともしませんでした。

現実の私は、短距離ではクラス内でも全く目立たない程度の走力でした。かつ私の走り方はクセがあり、走ると膝同士がぶつかるほどの内股でした。走り方が気持ち悪いと笑われることもあり、人前で走るのを恥ずかしがっていました。それでも、「長距離でなら見返せる。」と思い込みはなぜか揺らぎませんでした。

小学生時代にも大会に出たことがあり、そこでの走りを褒められたことも私には新鮮な体験でした。スタート前には、痩せて小さい私の姿を見て、「あいつになら勝てる。」と私を指さして笑う人達がいて辛かったのですが、そういう人達をスタートしたら置き去りにできるのも爽快でした。何をやってもダメなのに、走ることでは人に勝てる、褒めてもらえる。

自己評価が低く、死ぬことを考えている私の心の支えはいつしか、「中学に入ったら長距離選手として活躍し、今のダメな自分を一気に変えられる。」という強い思い込みだけでした。

勉強に関しては小学校高学年になると学校内では上位にいたと思います。それは本来大きな自信にして良いのですが、私はそう思えませんでした。

小学校で、スポーツをしている人は輪の中心にいて輝いていて、勉強しか出来ない人は隅っこで肩身の狭い思いをしている、そんなイメージを勝手に抱いていました。勉強はスポーツが出来ない人が仕方なくやるものと決めつけていたので、勉強が出来るというのは何の自信にもなりませんでした。

ただ、兄が中学受験をして県内で上位の進学校に進んだことを「走るだけじゃなくて勉強もすごい。」と周囲が評価しているのを聞いていたので、「スポーツが出来た上で勉強が出来ることは自信に出来るんだ。」という思いもありました。

私も中学受験を意識して勉強を始めましたが、勉強を頑張って将来それを生かしてどうしたいというのではなく、あくまでも長距離選手として活躍することが第一で、その上に自信を積み重ねるために勉強をする、という意識でした。今から思うと何を言っているのやら・・・と呆れてしまいますが、小学生の私にはそれが勉強を頑張る唯一の大きな理由でした。

とはいえ、中学受験をする理由を固めたのは小学6年生の夏です。それまでは、「お兄さんが受験しているから、自分もするんでしょ?」という雰囲気に流されて何となく「受験しようかな。」位にしか考えていませんでした。小学5年生の終わりに塾に通い出しましたが、レベルがあまりにも高すぎてついて行けず、片道1時間かけて通ってただ座っているだけでした。

そのような気の抜けた私の姿を見た両親は当然ですが激怒して、6年生の夏前には早くも退塾させられます。

そこで、本当に中学受験をしたいのか、なぜ中学受験したいのかを初めて自分で考えました。結果出てきた答えが、「長距離で活躍することに加えてさらに自信をつけるため」でした。

理由が決まってからの私は、塾に行けない分1人で集中して勉強しました。家に帰るととにかく家にこもって勉強漬け。走ることも一旦やめて家族ともあまり関わらず、過集中という状態になっていました。その結果、県内で一番の進学校に合格出来ました。「関西にはもっとレベルの高い学校もある。せっかく受験するなら、ダメ元でもっと上を目指したら。」という声もありましたが、それ以上はもう少しも頑張りたくない、という頑なな思いと、「自分なんかがそんな上を目指せるはずがない。」という思いがあって、さらに上を目指すことは出来ませんでした。

他の全てを捨て、一つのことに集中して自分を追い込む性質は高校時代にも発揮され、それが良い結果と悪い結果につながります。それはまた後ほど。

「今の私」が「小学生の私」に出会えるならば、「他のことが何も来なくても、周りにはもっと凄い人が沢山いても、学校内で勉強が出来るだけでもそれは素晴らしいことだよ。」と心から思い、「小学生の私」にそれを伝えます。「小学生の私」は「今の私」の話しをなかなか素直に聞けないと思います。

ただ、本人が認められないとしても、「今の私」ならそれを心から素晴らしいと思えるので、考えを無理に押しつけすぎないように気をつけつつ、折を見て繰り返し伝えていきます。

ランニングという唯一の支えを胸に中学に進学しましたが、入学後すぐにその支えは崩れました。