もしあなたが「死にたい」という言葉を聴いたなら

心の運動療法家、岡本浩之です。

私は2003年から精神科医として働いていますが、精神科について以前より認知されるようになったと感じる一方で、まだまだ精神科が「得体のしれない怖い場所」「1度受診すると薬漬けの廃人にされる人体実験の場」というイメージを持たれていることも強く感じます。

この連載を通じて、医療の現場にいる私が積極的に伝えていくことで、皆さんにとって精神科がより身近になり、「風邪を引いたから内科に行ってきた。」と同じように、「悩みを抱えているからちょっと精神科に行ってきた。」という会話が自然にできる、そんな時代に近づけたいと思っています。

じつは私自身も中学時代からうつ病を4回繰り返しましたが、特に2回目(高校時代)と4回目(30歳頃)は死を強く意識し、実際に自殺を試みました。

無事?失敗したから今こうして生きているのですが、危うく命を落としかけました。

いきなり重い話題で恐縮ですが、精神科を受診する人の多く(私のところを受診する患者さんの場合では、その半数以上)が「死にたい。」という気持ちを抱えて精神科に訪れます。

当事者でない限りなぜ死を意識するのかは理解されにくいですし、勇気を出して周りの人に相談したけど理解されずによけいに孤立し死にたくなった、というケースも多いです。

周りの人間としても、「死にたいんだ。」と家族や友人から相談されてもどう答えたらいいのか困りますよね?

「死にたい」と思ったことのない人からすれば、「死ぬって言う人はどうせ口だけで死ねないよ。」と軽く見られることもありますが、自殺する方の多くは過去に既に自殺未遂をしていたり、死にたい気持ちを口にしています。

また、死にたいという人の話しの内容を最後まで聞かずに、途中で制して解決策を簡単に伝えたくなりますが、これは逆効果なのです。

命の大切さを話して必死に止めたくもなりますが、死にたい人は命を軽視しているわけではありません。命の大切さは理解しつつ、それを超えた苦しさがあるのです。その苦しさを受け止めるには、まず時間をかけて本人の話を聞く必要があります。

最後まで聞いてもらえない、解決策を簡単に言われてしまうことで、「自分の言うことを受け止めてもらえていない、理解はされないんだ。」と余計に落ち込んでしまいます。

解決策は本人が試行錯誤する中で時間をかけて見つけるものです。ただ、じっくり話しを聞き、「死にたいくらいつらい出来事があり、苦しんでいるんだ。」と理解して受け止めてくれる人が周囲にいると、死への強い衝動を緩和して、生に向き合うようにすることができます。

みなさんに覚えておいていただきたいこと、それは、もし「死にたい」という言葉に出会ったら、ただひたすら根気よく、辛抱強く、死にたいと言っている家族・友人・知人の言葉を聴く、ただただ耳を傾けることです。

「生きたくても生きられない人もいるのに、命を軽く見るな!」「俺だって死にたいと思うことくらいあるよ。それでも生きているんだ!」などとつい言いたくなりますが、それらの言葉は死にたいと思う人にはマイナスでしかありません。

さて、死にたいと思うくらい追い詰められた人に向き合い、回復のお手伝いをすることも精神科医の大事な役割ですが、そこまで重くなってしまうと回復に長い時間がかかります。

精神的に大きく調子を崩す前に出来ること、いわば予防の方法はないのか、それを提案することも精神科医の大事な役割だと私は考えています。

先ほど話したように、私自身がうつ病で死を強く意識するほど苦しみました。そしてそこから回復する中で、今後二度と調子を崩さないためにはどうしたら良いのかを考えました。

治療薬を服用することも大切ですが、それだけでは足りないと考えた結果、行きついたのが「ランニング」でした。

アスリートの方にもご協力いただいて様々な試行錯誤を重ねた結果、毎日60人以上の患者さんを診察し、フルマラソンや100kmマラソンを走っても調子を大きく崩さないようになりました。

次回からは、精神疾患とは何か、私がなぜうつ病になったのかを解説しながら、ランニングの効果についてお伝えしていきたいと思います。