NHK特集『シルクロード』,悠久の時に想いを馳せて

 『暇人クラブ』Part2を脱稿し次は何を書こうかと悩んだ末懐かしい大学生活を題材にした長篇小説に挑むことにした。1970年代末から80年代初頭の僕達の時代の直中を描こうと思っている。まだ書き始めて原稿用紙五十枚に満たない段階だからこの先の展開は自分でも予測できないが(笑),物語の序盤にかつて真宗本願寺法主を勤めた大谷瑞光が明治後期から大正初期にかけて前後三回西域シルクロードの遺跡を発掘調査した大谷探検隊のエピソードを織り交ぜた。真宗本願寺の学寮が母校龍谷大の起源という縁もあるが,僕達の見果てぬ夢の象徴としてシルクロードを提示しておきたかったからだ。
 前置きが長くなった。昨年司馬遼さんの『街道をゆく』DVDを視聴した後次は是非表記『シルクロード』をと思っていたのだが,今は無職無収入の身。もう見境ない?大人買いはできない(笑)・・と買いそびれているうちに何と従来価格の半額以下の特別版が出てるではないか。それでも結構な値段だが,佳い小説を書くための取材費と自己弁護しつつDVD-BOX全巻を買った。早速前から気になっていた砂漠に消えたオアシス国家楼蘭の謎を追う「楼蘭王国を掘る」の巻を観た。動く湖として知られるロブノール湖畔に栄え湖の消滅とともに朽ち果てた楼蘭の遺跡。悠久の時を経て広大なタクラマカン砂漠の片隅に眠る栄華の跡が何故か過ぎ去った「僕達の時代」を想わせた。[2019.11.18筆]

東成,緑橋界隈散策

 名目500回を超えたウォーキングだが,これからは回数を表示しないことに決めた。さて京街道を中断し今日は東成の緑橋界隈を歩いた。大阪メトロ中央線緑橋を下車し町家再生施設・燈(あかり)を皮切りに千間川跡の緑陰道を抜け突き当たりの平野川へ。川沿いの古民家を眺めながら白山神社→正圓寺・寺子屋(中濱菁莪塾)旧跡→中浜公園と経て第二寝屋川に面する中浜下水処理場の桜並木の遊歩道を抜け元の緑橋へと戻った。
 このコースは丁度九年前に一度歩いたが,今でも憶えていることがある。今回工事中で入れなかったが,あのときは下水処理場の小公園のベンチに老いた野良猫が一匹寒風に身体を丸めていた。傍らに腰掛けたら人懐こく身を寄せてきた。目の前の野良猫一匹救えない自分が情けなくてボロボロ涙が零れた。年老いてもう生きているはずもないが,もしあのとき後先考えずに野良猫を連れ帰ってたなら・・。詮ないこととわかっていても私は選べなかった過去(それは未生の現在)に拘る。それが私の生きるすべであり物書きとしての原点だから。
 写真の燈(あかり)は九年前店先に昔懐かしいミゼット三輪が置いてあった。時の移ろいは早いものだ。遠からず私自身もミゼットと同じように言われる日が来る。[2019.11.15筆]

京街道Part7~樟葉から石清水八幡宮へ~(ウォーキングPart500)

 遂に500回突破!・・と言っても名目の話だし記念行事?は別の機会に済ませた。さて京街道の続きだ。前回ゴールの京阪樟葉を下車し駅前の京街道を北進。京阪橋本の手前で樟葉砲台場跡公園(写真)に突き当たった。ここは昔二,三度立ち寄った憶えがあるが,昔はこんなに整備されてなかったような気がする。小憩後橋本駅前を掠め八幡の街へ。道すがら偶然二宮忠八飛行器工作所跡という案内板を見付けた。説明によるとどうやら忠八はライト兄弟の魁のような人物だか,残念ながら先を越されたようだ。ふと鳥人幸吉を思い出した。今日は早めに八幡駅前にゴールし石清水八幡宮を初参詣しようと算段したのだが,知らぬうちに駅名が石清水八幡宮に変わり駅前も小綺麗になっていた。駅前の東高野街道の道案内の上にエジソン通りの名が掲げられていた。京街道を歩き始めた頃友から八幡では意外な出会いがあるかも・・と言われた。それ以上聞かずに来たが,このことか?(笑)と思いつつケーブルカーに乗って山上の石清水八幡宮へ。本殿参拝後境内を散策してたらエジソン記念碑に出会した。ここの境内の竹が白熱球のフィラメント使われたという。エジソンと言い二宮忠八と言い予期せぬ出会いは殊の外楽しいものだ。[2019.11.13筆]

東成今里,暗越奈良街道から新町ロードへ(ウォーキングPart499)

 天王寺行電車の車内アナウンスで気になってることがあった。天王寺の乗換案内にいつの間にか「いまざとライナー」というのが加わった。ん?新路線?・・調べたら阿部野とメトロ今里を結ぶバス路線のことだ。一度乗ってみようと京街道を休んで今里を訪ねた。
 往路は近鉄大阪線今里で下車。メトロの今里ロータリーまで出て今里筋から以前何度か歩いた暗越奈良街道へ。街道沿いに謎のコンドルのレリーフがある今里西之口公園や熊野大神宮を訪ねその後千日前通に出て平野川分水路の手前「喫茶洋食 象屋 SINCE1955」の看板を掲げた昭和モダンな洋食屋の角を曲がり神路小学校前から分水路を渡った。「夢ふれあいギャラリー」と銘打った護岸壁に描かれた小中学生の壁絵に足を止めつつ平野川歩きの折一度歩いた憶えがある新道橋(写真)を元岸に渡ってアーケード商店街の東成新道ロードへ。ご多分に漏れずこの地元商店街もシャッターを閉じた店が目に付いた。貸店舗の案内が張られた店の軒先に佇みふと往時の賑わいを思い浮かべた。「この国は何処へ向かうのか?」何故かそんな司馬遼さんの声が聞えたような気がした。商店街を抜け今里筋に戻れば目と鼻の先に「いまざとライナー」の停留所が見えた。[2019.11.11筆]

プロフィール

著者名:ながいやん

1958年、大阪府生まれ。1981年、龍谷大学法学部卒業後、検察事務官として公務に従事。2019年定年退職。大学在学中に始めた小説創作を生涯の課題と決めて習作を重ね、現在に至る。大阪府藤井寺市在住 。